当初は直4に対しジェントル・イメージだったV4

ホンダが1980年代のHY戦争で懐刀として切り札だったV型4気筒。
GPマシンNR500をきっかけに、V型4気筒が耐久レースからF750まで世界のレースで無敵をイメージさせる圧倒的存在となった。
しかしこのV4、デビューは1982年のVF750 SABRE(セイバー)というシャフト・ドライブのツーリングスポーツからだったのだ。

理論的に1次振動がゼロの90°V4と謳い、ラバーマウントされた快適性追求のいかにもジェントルさをアピール。
この年初の発表に続いて、ホンダは年末にスーパースポーツ仕様としたVF750FとVF400Fを発表した。
そこには既にワークスマシンを投入してGPマシンのNR500からのノウハウをはじめ、いくつもの最先端テクノロジーが注ぎ込まれていたのだ。



70mm×48.6mmの水冷DOHC4バルブV4は、国内仕様で72PS/9,500rpmと6.1kgm/7,500rpm。
クラッチハブに内蔵されたひょうたん形のワンウェイクラッチ機構で、エンジンブレーキが高回転で過多な場合、繋がっているクラッチを半分に減じることでスリップさせるバックトルクリミッターを装備。
いまや当然の装備だが、当時では例のない、まさにNR500直系のフィードバックが反映されていたのだ。


しかし走り出したVF750Fは、あまりにフラットなパワー特性や、トルクの盛り上がりを感じさせないエンジンフィーリングに、期待していたファンに肩透かしなイメージを与えてしまった。
その後にレースで圧勝を続けるVF750だったが、2気筒並みにナロウなエンジン幅からくる軽快性でさえ、手応えのないスポーツ性が欠如しているように受け止められ、人気の出ない状態が続いていたのだ。


このV4が圧倒的な存在となったのはVFR系へと進化してからで、実力の高いハイパーエンジンと軽快で優れたハンドリングなど、格段に高い醍醐味で多くを魅了しはじめた。
この饗宴は手づくりに近い公道を走れる市販レーサーRC30(VFR750R)への道を辿ったのはご存じの通り。
あらためてそのルーツとなったVF750Fを眺めると、そのいかにも他と一線を画した佇まいに、秘めたる力強さが伝わり感慨深いものがある。