今年のMotoGPはマレーシアのセパン、そしてインドネシアのマンダリカで合計5日間の公式テストを実施。この間の動向を知っておけばシーズン序盤で注目するポイントがわかって面白さアップ間違いなし!
開幕前の公式テストは2月上旬にマレーシアのセパン・インターナショナル・サーキットで2日間、2月中旬にインドネシアのプルタミナ・マンダリカ・インターナショナル・ストリート・サーキットで3日間、合計5日間の日程で行われた。
今季のMotoGPは、2年ぶりに各メーカーがエンジンをアップデート。これが大きな注目ポイントになる。2021年は新型コロナウイルス感染症の影響を鑑みて技術規則が変更され、エンジンのアップデートが行われなかったからだ。シーズン中のエンジン開発やテストにおける規制が緩和される「コンセッション」扱いのアプリリアを除き、5メーカーは2020年仕様のエンジンで2021年を戦っていた。
王者クアルタラロと、彼を取り巻く環境
ディフェンディングチャンピオンのクアルタラロ。バイクだけではなく、今の環境面はクアルタラロにどう影響するだろうか
2021年チャンピオンのファビオ・クアルタラロ(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)を擁するヤマハは、そのクアルタラロがセパンの2日間総合で7番手、マンダリカでは3日間総合で2番手だった。こうした中、クアルタラロは最高速に懸念を示している。最高速、エンジンパワーについてはクアルタラロが以前から改善を訴えていたところであり、2年ぶりのエンジンのアップデートに期待したところが大きかったのかもしれない。
各日の最高速について数字で確認すると、セパンテスト1日目は最高速トップのジャック・ミラー(ドゥカティ・レノボ・チーム)の337.5km/hに対し、クアルタラロは332.3km/h。セパンテスト2日目は最高速トップのエネア・バスティアニーニ(グレシーニ・レーシングMotoGP/ドゥカティ)の335.4km/hに対し、クアルタラロは327.2km/h。マンダリカテスト1日目は最高速トップのヨハン・ザルコ(プラマック・レーシング/ドゥカティ)の314.8km/hに対し、クアルタラロは308.5km/h、マンダリカテスト2日目は最高速トップのバスティアニーニの314.8km/hに対し、クアルタラロは305.9km/h、マンダリカテスト3日目は最高速トップのザルコの314.8km/hに対し、クアルタラロは305km/hと、それぞれ5~10km/hほど差がある。最高速だけをピックアップした順位にしても、クアルタラロは常に10番手以下という状況だった。
ただ、クアルタラロは自身のライディングやレースペースについて手ごたえを感じているようで、上述した総合順位、トップからのタイム差も開いているわけではない。総合力としてはクアルタラロの速さは今年も健在のように思える。
ひとつ気がかりなことがあるとすれば、ヤマハの状況だろうか。というのも、クアルタラロのチームメイトであるフランコ・モルビデリ(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)は昨年シーズン中に負った左ひざの怪我の影響が残っており、サテライトチームであるWithU・ヤマハ・RNF・MotoGPチームのアンドレア・ドビツィオーソは昨年途中からヤマハに加入、もう一人のダーリン・ビンダーはルーキーである。現状、クアルタラロがライダーとして一人で背負うものは大きいように見える。実際のところ、昨年の特にシーズン後半において、ヤマハにポイントをもたらしていたのはクアルタラロだった。さらに、クアルタラロは環境面について、セパンテストでこうも話していた。
「昨シーズンにはマーベリック(・ビニャーレス)がいて、(開幕戦の)カタールでは彼から学べていた。彼のすることを参考にできていた。僕が見逃していたことを彼から得たいと思えた。(第9戦オランダGPの)アッセンでは、二人とも限界までお互いが競えた。アッセンはすごく面白い予選で、僕はミスをしたから2番手だったけど(※ポールポジションはビニャーレス)、あそこまで攻めたことはなかったよ。そういうことが役立っていたと思うんだ。もちろん、僕は誰かにプッシュしてもらわなくても速く走れるよ。でも、誰かの存在が後押しになることもあるんだ」
確かに、ライダーはコース上で一人で戦わなければならないが、同時にレースはチーム戦でもある。特に近年、ドゥカティやKTMがファクトリーチームとサテライトチームを含めたメーカー全体としての戦い方となりつつある。クアルタラロを取り巻く環境も一つ、シーズンを戦う鍵となるかもしれない。
8台体制に台数を増やすドゥカティ、さらなる勢力拡大は必至か
フロントカウル左右の空力デバイスなどに少し変化が見られる。ライドハイデバイスの進化も気になるところだが、詳細は明かされないままだった
ドゥカティは、サテライトチームのバスティアニーニがセパンテスト2日目に、ルカ・マリーニ(ムーニー・VR46・レーシングチーム)がマンダリカテスト2日目にトップタイムを記録していた。一方で、ファクトリーチームであるドゥカティ・レノボ・チームのフランセスコ・バニャイアとジャック・ミラーは少なくともトップ5に入ったのは一度きりだ。
ドゥカティ・コルセのゼネラルマネージャー、ルイジ・ダッリーニャ氏は、今季のドゥカティは「(昨年第9戦オランダGPの)アッセンでは高速コーナーやその進入のパフォーマンスに問題がありました。この点は、改善すべきポイントの一つでした」とデスモセディチGP22の改善点について言及していた。また、セパンテスト2日目を終えた時点では「ラップタイムではなく、仕事やライダーがしなければならないことにフォーカスしています」ともコメント。じつはバニャイアも同日に「タイムアタックをすればとても速いタイムが出せるとわかっているんだ。でも、今はそれをする必要はない」と言っていた。
ドゥカティは、2022年型バイクと新しいエンジンに合わせた電子制御の調整や、レースペースにフォーカスしてテストに取り組んでいたようなのだ。デスモセディチGPは、昨年から速さだけではなく安定感のあるバイクになりつつある。さらにドゥカティは今季、ファクトリーチームとサテライトチームを合わせて8台体制となり、データ収集の面で強みもある。ドゥカティ勢同士で勝ち星を分け合うことがなければ、おそらくバニャイアは再びチャンピオン争いに食い込むだろう。そして今年もドゥカティ勢は猛威を振るう最有力候補に違いない。
体調が心配されたマルケスは初日からテストに参加
マルケスはセパンテストで合計111周、マンダリカテストで212周を走った。マンダリカテスト2日目には2番手タイムを記録している
今回のテストで、こうしたドゥカティ勢の対抗勢力になりつつあるだろうと見えたのは、ホンダなのである。ホンダが2020年、2021年にチャンピオンを逃したことはご存知のとおり。その大きな原因にマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)という絶対的なエースの負傷があったことを含め、ホンダとして苦しいシーズンを過ごしていた。
しかし、マンダリカテストでは1日目、3日目にポル・エスパルガロ(レプソル・ホンダ・チーム)がトップタイムを記録している。チャンピオンを奪還すべく、ホンダはバイクを大きく進化させた。昨シーズン後半から少しずつ始まっていた4人のライダーに扱いやすいバイクづくり、「自分たちの従来の枠組みを外す」改革は、今季にも確実に反映されていた。2018年からホンダRC213Vを駆る中上貴晶(LCRホンダ・イデミツ)は、最初に2022年型バイクに乗ったとき「これは(今までの)ホンダのバイクじゃない」と感じたという。
「毎年バイクは進化していますし、改良されています。でも、キャラクターやコンセプトは同じでした。ただ、2022年のバイクはものすごく変わりました。コンセプトも全く違うものだったんです。2日間の(2021年最終戦後に実施された)へレステストと2日間のセパンテストを終えて、このバイクについて理解し始めたところです。フロントのフィーリングも、リヤのフィーリングも全く違っています。理解するのに少し時間はかかりますし、まだ100パーセント、このポテンシャルを理解していません。でも間違いなく、このバイクにはすごくポテンシャルがあります」と、セパンテスト後にその印象を語っていた。
2020年からホンダが苦しんでいたリヤタイヤのグリップ不足についても改善があったという。ホンダは、2020年に刷新されたミシュランのリヤタイヤによってグリップを得るのに腐心し続けており、これはライダー共通のインプレッションだった。
そして、ホンダが変わったのはバイクだけではなさそうだ。P.エスパルガロは、今年のホンダの取り組み方について、こう言及していた。
「ファクトリーだけじゃなくて、全体としてホンダに未来をもたらすことになるだろう。つまり、サテライトチームも2022年型を走らせていたんだ。重要なことだ。昨年、僕たちはマニュファクチャラーとして一緒に取り組まねばならないと理解した。ホンダは全てのライダーに同じバイクを供給しようと大きな努力をしている。それは、このプロジェクトに大きく役立つだろう」
近年、同じような方法を採っていたのがドゥカティだ。サテライトチームを含む“ドゥカティ勢”として開発に取り組み、そして昨シーズン後半で飛躍を果たしていた。ホンダが「ドゥカティ勢の対抗勢力になりつつある」と思えるのも、ホンダがバイクの開発面だけではなく、取り組み方としても変革を恐れない姿勢を貫いていけば、ホンダ勢として勢いを増すことに繋がるからだ。
気になるマルケスの状態に触れよう。2020年初戦で負った右上腕骨の骨折から、2021年序盤に復帰。昨年3勝を挙げるも、シーズン終盤のオフロードでのトレーニング中に転倒して頭部を強打し、その影響で複視を発症した。ただ、今回のセパン、マンダリカで合計5日間、テストに参加している。体調としても「2018年、2019年に近い」と語っており、問題はなさそうだ。
そのマルケスがあまり上位に名を連ねていないのは確かだが、これはマルケスが慎重に復帰していることを意味している。セパンテスト2日目には、体調を考慮して一度、走行をストップしたこともあったといい、マンダリカテスト最終日には「最初から疲れていたから、楽しんで走ることが今日を乗り切る方法だった。今日は肩に痛みを感じていたから、タイムアタックはしなかった」ともコメントしている。複視の影響でバイクに再び乗り始めたのは、1月中旬。体力が十分に戻っていないことも要因にあったはずだ。ただ、マルケスは今こそ焦ってはならないと考えているようだった。
スズキ、予選順位の改善は
ミルはマンダリカテスト3日目に食中毒でテストに参加できなかった。ただ、開幕へ向けた仕上がりはよさそうだ
外観としてスズキのバイクは大きく変わってはいないが、好調さはライダーのコメントにあらわれている。エンジンパワーについても少し上がったみたいだ、とチーム・スズキ・エクスターのジョアン・ミル、アレックス・リンスは口をそろえていた。
スズキと言えば、決勝レースでの強さがある一方、予選順位がかねてより改善すべきポイントの一つとして挙げられていた。ただ、これについてはマンダリカテスト前に行われた取材会の中で、プロジェクトリーダーの佐原伸一氏が「予選のための、新しい戦略がいくつかあります」と触れていた。それは昨年の終盤数戦から取り入れられていたという。確かに、2021年シーズン終盤の第17戦アルガルヴェGPではミルが予選3番手──これがMotoGPクラスにおける、ミルにとって初のフロントロウとなった──、最終戦バレンシアGPでは4番手を獲得している。エンジンパワーの向上とともに期待されるところだ。
ポテンシャルを向上させたアプリリア
アプリリアは確実に速さを増した。コンセッション適用は今季、さらなるアドバンテージとなるはずだ
今季、唯一コンセッションの適用を受けるアプリリアが今季、注目したい存在になっている。セパンテスト1日目にはアレイシ・エスパルガロ(アプリリア・レーシング)がトップタイムを記録。5日間を通して見ても、A.エスパルガロまたはマーベリック・ビニャーレス(アプリリア・レーシング)どちらかが常にトップ5以内に入っていた。
アプリリアは抜本的な見直しではなく、2022年型バイクの全てにおいて改良を加えている。バイクの幅はコンパクト化され、A.エスパルガロによれば「高速コーナーでのスピードの乗り方、コーナーへの飛び込みなどがよくなった。今、このバイクの強みは旋回だと思っている。チャタリングの問題は出ているけれど、旋回性はかなり向上したよ」と言う。
チームマネージャー変更がもたらす影響
昨年2勝を挙げ、はまったときの速さはあるKTMだが、安定感も改善点の一つ
KTMについてはセパンテストでやや遅れをとっていた感は否めない。昨年よりコーナー立ち上がりにおけるリヤタイヤのスピンに苦しみ、セパンテストでも同様だったようだ。ただ、マンダリカテストでは前進したらしい。ブラッド・ビンダー(レッドブル・KTM・ファクトリーレーシング)は「この5日間のテストで、より多くのことを成し遂げ、昨年のシーズンを終えたときよりもいい状態でマシンを走らせることができたと思う。バイクは走るようになったし、フィーリングもよくなった。セパンを後にしたときより、ずっとずっと満足してマンダリカを離れるよ」と、まだライバルとの差を詰める必要は感じているものの、最終的な状態に満足した様子だった。
KTMは今季、チームマネージャーが変更された。KTMがMotoGPクラスに参戦を開始した2015年からレース・マネージャーとしての役割を担ってきたマイク・ライトナー氏に代わり、フランチェスコ・グイドッティ氏がチームマネージャーとなった。ライトナー氏は今季、KTMのコンサルタントの職に就く。なお、グイドッティ氏は2021年までドゥカティのサテライトチーム、プラマック・レーシングのチームマネージャーを務めていた人物である。
今回の人事について、KTMレーシングのモータースポーツディレクター、ピット・バイラー氏はこう説明している。
「彼にはチームの人材をよくマネジメントし、サーキットでみんなをまとめる役を担う必要があります。私たちはライダーとともにいるチームマネージャーが必要です」
「最優先事項は、ライダーをハッピーにすることです。技術的な話はストップしないでしょうけれど、例えば、クルーチーフ、それから技術者、そしてチームマネージャーは、ライダーがすぐに何かを求めているようなときに、バイクについて話をしているべきではないのです。以前は、バイクの管理やテストに注力しすぎていました。フランチェスコはメインの技術者としてここにいるのではなく、サーキットで全てのスタッフ、人々をケアするためにいるのです」
KTMは組織におけるマネジメントを勘案し、そこにメスを入れた。こういうものは得てして時間が必要でもあるが、それがどんな結果をもたらすのかが気になるところだ。
2022年シーズンは21戦で争われる。開幕戦はカタールGP、3月6日に決勝レースである。シーズンの幕がもうすぐ開ける。