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2020年MotoGPプレイバック・ホンダ/MotoGP始まって以来の未勝利……。完敗のシーズンからチャレンジャーへ

2020年MotoGPで、ホンダは未勝利のままシーズンを終えた。ここ数年、向かうところ敵なしであったマルク・マルケスが負傷欠場。さらに、ミシュランの新しいリヤタイヤへの適合にも苦しんだ。HRCレース運営室長の桒田哲宏氏、RC213V開発責任者の子安剛裕氏が2020年シーズンを振り返る

「一言で言うと、完敗のシーズンでした」
 1月上旬に行われたホンダの2020年シーズンMotoGP取材会は、HRCレース運営室長 桒田さんのそんな言葉から始まった。

2020年のMotoGPは、ホンダにとって桒田さんの言葉そのままのシーズンだった。MotoGPクラスの初戦となった第2戦スペインGP決勝レースで、マルク・マルケスが転倒。右上腕骨を骨折し、結果的にシーズン中の復帰はかなわなかった。そしてホンダは2020年、一度も優勝を飾ることなく、消沈のシーズンを終えたのだった。2017年から3年連続でライダー、コンストラクター、チームでタイトルを獲得し、3冠を達成してきた強さを思えば、にわかには信じがたい結果だ。一方で、M.マルケス1人がホンダのマシンで勝ち続け、そのポイントを獲得し続けてきたことを露呈する結果にもなった。

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初戦スペインGPの決勝レースで転倒、負傷したM.マルケス。シーズン中に2度、さらには12月上旬に3度目の手術を受け、2021年シーズン序盤戦への影響が懸念されている

桒田さんはこうも言う。「マルケス選手がスペインGPで怪我をして以降、2020年マシンの性能を引き出せるライダーがいなかった。どうやったら我々のマシンの性能をしっかり引き出してもらえるのか、ということを考えた1年でした」と。

ただし、2020年の不振はM.マルケスの欠場だけが要因ではなかった。ホンダは、ミシュランが投入した新しいリヤタイヤへの適合に苦戦していたのである。

「新しいリヤタイヤをどう使いこなせば“うまみ”を引き出せるのか。我々の中での学習や理解を深めるのに時間がかかってしまった」と、2020年型RC213V開発責任者である子安さんは言う。子安さん曰く、新リヤタイヤは、うまく使えば以前よりはるかにリヤグリップを得ることができ、その結果、車体の安定性に寄与するという。ただ、ホンダはシーズン前半、そのメリットを得ることができず苦しんだ。

桒田さんも「そのタイヤについては2019年にテストをして、どういうものかわかっていました」と続ける。

「その上で、クルマづくりの方向性を見定めて進めていました。ただ、想定とは違う結果になってしまったところはあります。ほかのメーカーの方が、より理解を進めていたのかな、と。特にヤマハさんやスズキさんはとても理解をして、開幕に向けすごくレベルを上げてきていたんです。それに対し我々は、戦うところまでレベルを上げられなかった、というのが正直な感想です」

2019年ウイングレット使用の背景にあった旋回性の問題

さらに、2020年型のRC213Vは旋回性に課題を抱えていた。初戦スペインGP前に行われたスペイン・へレスでの公式テストでホンダマシンが装着していたのは、2月実施のセパン、カタールテストで見られた新たなウイングではなく、2019年のそれだった。その背景にあったのが、この旋回性という問題だ。

「(子安さん)2020年型RC213Vは例年通り、エンジン、車体、すべての領域について見直しました。エンジン部分では、2019年からの流れで出力と扱いやすさの向上を主眼に、細部にわたって見直しています」

「車体領域では、減速や加速時の安定性。旋回性の向上、トラクションを主眼に、フレーム、スイングアームなど基本骨格の見直し、部品の配置など、あらゆるところを見直しました。さらには電装システム、制御の見直しにより、特に減速領域については大きく寄与させることができました」

同時に、加速、最高速といった動力性能の向上を目指し、空力デバイスによるウイリーの抑制とダウンフォース向上にも取り組んだ。「そこにはミートできていたと認識しています」と子安さん。しかし、上述のように旋回性に悪影響が及んだ。

「2月下旬のカタールテストで、それがわかりました。シーズン開幕まで時間もない。そのため、ウイングを2019年のものに戻したのです」

通常のシーズンであれば、エアロボディに関してはシーズン中に1度のアップデートが可能である。しかし、新型コロナウイルス感染症の影響により技術規則が変更となり、エアロボディについて2020年シーズン中のアップデートが認められないことになった。このため、ホンダは2019年のウイングレットのまま、シーズンを戦うことを余儀なくされたのだった。

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2月下旬に行われたカタールテストでは新しいウイングレットが投入されていた。これを7月中旬の初戦前には2019年の形状に戻している

シーズン後半に躍進を見せた中上とアレックス

苦しい戦いを強いられる中にあって、ひとつの転機となったのが、第7戦サンマリノGPと第8戦エミリア・ロマーニャGPの間に、イタリア・ミサノで行われたテストである。 「新しいリヤタイヤの“うまみ”をいかに引き出すか試行錯誤する中、サスペンションの動きに着目したんです。これがシーズン後半、中上(貴晶)選手のポールポジション獲得や、アレックス(・マルケス)選手の表彰台獲得につながったのではないかと思います」と、子安さんは語る。

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ミサノテスト以降に投入された新しいパーツは、ミシュランの新リヤタイヤへの適応に一役買ったという

2020年シーズンのMotoGPは新型コロナの影響でレースカレンダーが変更となり、シーズン中のテスト日程はこのミサノテスト1回のみとなった。各ライダーにとってそうであったように、A.マルケスや中上も2020年シーズンにおいてこれが重要なテストであったと言及していた。そこには、サスペンション以外のポイントも含まれている。

実際の結果を確認してみよう。ミサノテスト後の第8戦以降、第10戦フランスGPではA.マルケスが2位表彰台を獲得。これが2020年シーズンにおける、ホンダの初表彰台となった。A.マルケスは続く第11戦アラゴンGPでも2位でフィニッシュを果たし、表彰台に立っている。アラゴンGPではけがが続き、不振のシーズンを送っていたカル・クラッチローが予選で3番手を獲得した。そして第12戦テルエルGPでは、中上が最高峰クラスで自身初となるポールポジションを獲得したのである。

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2020年初のウエットレースとなった第10戦で、A.マルケスは2位表彰台を獲得した

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A.マルケスにとってMotoGPクラス初表彰台。続く第11戦でも、優勝したアレックス・リンス(チーム・スズキ・エクスター)から約0.3秒差の2位でフィニッシュを果たす

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中上はテルエルGPで初日から速さを発揮。MotoGPクラスでは日本人ライダーとして16年ぶりにポールポジションを獲得した

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テルエルGPのポールポジションを含め、中上は2020年シーズン、4度のフロントロウを獲得し、自己ベストリザルトの4位に2度入った

中上が2020年シーズンに走らせていたのは、2019年型RC213V。ただ、シーズンを通して安定した成績を収め、ときには優勝、表彰台に迫る走りを見せていた中上に対し、アップデートが行われていた。

「(桒田さん)途中、チャンピオンを獲得できるような位置でレースをしてくれていましたから、当然ながら、中上選手のマシンへのアップデートはしていました。中上選手のマシンは2019年のエンジンを搭載していましたが、それ以外はほぼ、2020年型と考えていい状態でした。いいパーツがあれば、中上選手にも投入する、ということは積極的に行っていました」

2021年は“チャレンジャー”

厳しい戦いを強いられた2020年シーズンを経て、2021年、ホンダは再びライダー、コンストラクター、チームでのタイトル獲得。つまり3冠を目指す。

「マシンの開発については、課題は2019年、2020年と戦ってきて基本的に変わっていません。まずは、まだ完全ではないミシュランタイヤの使いこなしを含めた、減速時の安定性と、トラクションの向上ですね。2021年は空力領域も一度はアップデートできますから、空気抵抗の低減やハンドリングの両立といったところも見直していきます」

そう2021年型RC213Vの開発を語る子安さん。2021年は上述のとおり、レギュレーションが変更となったことで、2020年仕様のエンジンで戦わなければならないが、レギュレーションで禁じられていない部分についてはアップデートを進めることができる。

「加速や最高速は非常に重要なファクターになります。レギュレーションで許されている、吸気系や排気系は見直していきます」

そして、桒田さんはホンダ自らを「チャレンジャー」と称した。

「2020年はあれだけ負けていますから、自分たちのセオリー、枠から外れたことをやらないといけません。自分たちの常識から外れて今一度、周りをよく見て、一体何が必要とされているのか、2020年の敗因が何だったのか。検証して、マシンにつなげていきます。それが新しくわかったことです。そういうチャレンジの気持ちで、2021年のマシン開発が進んでいます」

ディフェンディングチャンピオンからチャレンジャーとなった2021年。それは常に頂点へ挑み続けてきたホンダにとって、挑戦の新しい1ページとなるのだろう。

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桒田 哲宏 氏(くわたてつひろ) 写真右
株式会社ホンダレーシング 取締役レース運営室長。
2000年にHRCに入社し、F1のエンジン開発やMotoGPマシンの制御系開発を経て、2016年、現職に就任。MotoGPのみならず、ホンダのレース活動全般を統括する。
子安 剛裕 氏(こやすたけひろ) 写真左
株式会社ホンダレーシング 開発室。
2002年、本田技術研究所入社。量産車の開発業務を経て、2013年にHRCに異動。2015年からMoto3の開発責任者に、2018年から2020年モデルのRC213V開発責任者に就任。

協力/ HRC
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