レーサーポジションでもツーリングするカルチャーを育んだGSX-R1100!

1985年、サーキット最速を目指した新世代の油冷エンジンに超軽量なアルミ製ダブルクレードルのスーパースポーツ・GSX-R750が登場した。
当時スズキがワークスマシンを投じていた、人気のルマン24時間やボルドール24時間耐久レースのシーンそのままの市販車にヨーロッパのファンはどよめいた。

ところがその翌年、何と同じフォルムの1100cc版がリリースされたのだ。
最高出力は1,052ccで130PS、アルミフレームの197kgしかない軽量車体を270km/h以上へ到達させ、0-400mを10.2secで猛ダッシュ、パワーウェイトレシオは1.51kg/PSの常識破り。
世界最速を謳ったGSX-R1100。最速マシンといえばフラッグシップとして威風堂々のフォルム、レーシングマシンのように前傾で伏せたセパレートハンドルだったのはホンダCB1100Rくらい……それとて前傾はここまで深くない。
しかし、そんなレーシーなバイクでヨーロッパのライダーはツーリングの興じた。
その好調な売れ行きに、1989年にはGSX-R750が車体まわりを刷新したのに合わせてGSX-R1100は排気量アップなど、さらに強靭なスーパーツーリングスポーツのポジションを不動のモノにしていた。

そして1990年に倒立フォークを採用して次年度の1991年、カウルをスラントさせヘッドライトがカバーされたマイナーチェンジが施された。
ボア×ストロークは78.0mm×59.0mmの1,127cc、キャブレターを36mm口径から40mmへ拡大、バルブ駆動を1カム1ロッカー構成へ変更して慣性を5%低減するなどの結果、143ps/10,000rpmと11.0kgm/7,500rpmとパワーアップを果たした。


フレームは基本的に変更なく、ホイールベースやキャスターとトレールなどアライメントも寸分変わらず。
ただ前輪のサイズが130→120とワンサイズ細くなり、それまでのフロントまわりがドッシリした安定感から、コーナリングのトレースが楽しめるGSX-R750譲りの傑作ハンドリングへとニュアンスを変えている。

ハンドルをトップブリッジの上でマウント、実は見た目より前傾度が少ないスーパーツーリングスポーツのポジションに、スズキファンは着実に増えていき、スズキらしいイヤーモデルで細部にわたり使いやすさの改良を加えるユーザー寄りの姿勢がその好調さを倍加させていく好循環が生まれていたのだ。


しかし翌1992年モデルを最後に「油冷」は1993年から水冷化されてしまった。
1985年にGSX-R750で実用化した"油冷"は、エンジン内部に潤滑用の他にもうひとつ冷却用のオイルポンプを持ち、これで燃焼室のドーム外壁へ高圧でオイルを噴射する独自の冷却方式。
エンジンオイルは冷却水と違って100℃を越える高温になる。その高温なオイルを噴射して、果たして冷却に効果があるのかピンとこないかも知れない。
しかしこれは温度境界層といって、燃焼室の外壁表面の高温を吹き飛ばし熱を奪う原理。たとえば寒いとき手に息をそうっと吹きかけると暖まるのに、同じ体温の息を強く吹きかけると冷やすことができる。
これは手の表層にある体温で暖められた空気の層を、勢いよく吹き飛ばすことで冷やすことができるからだ。
過去にはレシプロ戦闘機用やクルマの空冷レース用エンジンでしか使われてこなかったこの高度な仕組みを、スズキはコンパクトな2輪用エンジンで具現化してみせたのだ。
より空力に優れたカウリングや、前後サスペンションがレーシングマシン並みにアップグレードされたり、ラウンド型オイルクーラーに新型キャブレター、そして中空ホイールに至るまで、洗練され完成度をアップした新世代だったが、その発生する熱量と神話が薄れはじめたのを機に姿を消す運命となった。
ヨーロッパでは各地の国際サーキットへ大きな荷物とタンデムで前傾レプリカが列をなして押し寄せる、一世を風靡したあのシーンを懐かしむライダーは多い。
まさに時代を創ったバイクの1台だったのだ。