初4ストローク4気筒と思わせないパフォーマンスとハンドリングに拍車をかけたキャストホイール!

主要マーケットのアメリカで排気ガス規制が厳しくなるまで、スズキは4スト化を急いでなかったのでGS750の開発スタートは1974年。
しかし世界は急に排気ガス規制が厳しくなり、2ストロークはメインだったスズキは突貫で設計・テストを重ねた。
全てが初めての経験で、トラブル続きの苦戦を強いられていたが「全負荷連続2万km耐久テスト」をクリアする至上命令のもと、日本メーカーで最後発に対する疑心暗鬼を吹き飛ばすクオリティを目指した。
そしてカワサキZ1~Z2に遅れること2年の1976年にS750をリリース。
POPヨシムラが、テストとエンジン内部を確認して「これなら先行マシンにも勝てる!」と太鼓判を押したと言われたほど世界の評価は高かった。

ところがマーケットではスズキが期待したほどの評判が得られなかった。
確かにライバルより新しさがあるワケではない。
そこでスズキは対応策として、前後輪のキャストホイール化をはかったのだ。
当時はスポークホイールに対しキャストホイールがレース用のように高価な素材が使えず重かったからで、路面追従性を悪化させるまでして採用するメーカーは数えるほど。
ところがスズキは前輪で400gしか重くなく、後輪では逆に1kgも軽い7.1kgに収めてみせたのだ。
さらにカラーリングも、後発でもパフォーマンス・イメージを謳おうと赤や青の原色を選んだが、売れるのは後で加えた黒系で、そうした反省から1978年からのGS750Eはダーク系でグラフィックに留意した仕様としてリリースしたのだ。




初代GS750のパフォーマンスは、65mmのボア×56.4mmのストロークで748cc、68ps/8,500rpm、6.0kgm/7,000rpmで車重は245kgだった。
空冷2バルブDOHCの4気筒は、クランクシャフトのメインベアリングを、4ストでは一般的なメタルのプレーンベアリングではなく、2ストと同じボールベアリングひとつとローラーベアリングが3つ奢られた構成。
このためクランクシャフトは2ストのように組み立て式で、ボールとニードルが組み込まれた軸受けの耐久性と耐摩耗性は疑いようもなく高かった。
そしてフレームはダブルクレードルを、エンジンを剛性メンバーとする前提で軽量でしなやかさに留意してレイアウト。
これは世界GPの500ccクラスで闘ってきたノウハウで、サスペンションもライダーが乗車した状態で深々と沈むリバウンド設定の長いソフトな設定で、誰にでも乗りやすいハンドリングとの評判から徐々にユーザーを増やしていた。


こうして1978年モデルから、マーケットでも実績のあるバイクとして認められるようになり、ブルーやレッドの海外向けも渋めのブラウン系の国内モデルでも、グラフィックを施したデザインとなったのだ。
評価の厳しいヨーロッパの、ドイツや英国でもハンドリングや耐久性をアピールする広告展開は繰り広げられるようになっていた。


フラッグシップのGS1000も、ネイキッドのレースシーンをイメージさせる機能美オンリーの硬派な出立ちで、海外のスポーツファンの心をガッチリと掴まえるのに成功していた。
この息もつかせないピッチで進む急展開で、スズキはライバルメーカーと先陣争いをする立場を確立したが、それもこれもGSシリーズの実直な開発姿勢と絶大な信頼性で、揺るぎのないベースを築けたからにほかならない。




