A.レースでは前輪荷重が曲がれる能力を左右しますが転倒のリスクも大きく、その扱いには常に神経を尖らせています
着座位置と上半身の位置で前輪荷重を抜かない工夫を
レースの解説を聞いていると、確かに前輪荷重という言葉がよく出てきます。ブレーキングでは減速Gで前輪荷重が大きくなり、加速だと前輪荷重がウイリーまでするとゼロになる……そこまでは想像できても、乗り方でマシンの前後輪に分配された荷重が変わるというはわかりにくいかも知れません。
先ず基本的なところで誤解しないよう、バイクの前後荷重を説明しておきましょう。
静的に、つまりバイクが停車している状態で、ライダーが乗っていない車体だけの重量配分表記などを、スポーツバイクのカタログや解説記事で見かけます。前輪50パーセント・後輪50パーセントとしてコーナーの安定性を高めました、とか表記されています。
前輪は旋回時に後輪の軌跡に追従することで、無理のない効率の良い曲がり方になるので、エンジンの搭載位置を前側にもっていくなどの工夫がされています。技術的にエンジンの構造などの関係から、これは容易いことではありません。このため開発エンジニアたちは、前輪側に重量配分を大きくできた場合、強くアピールしているのです。
しかし実際にライダーが乗ってしまうと、たちまち後輪側が60パーセントを超えてしまい、さらに走り出すと加減速でめまぐるしく変わってしまいます。
そこでレースでは、減速から旋回、そして旋回加速を常に限界域で走ろうとするライダーが、着座位置や上半身の傾斜角、それにブレーキやスロットルの操作で、この前輪荷重を維持したり増やしたりしようとしているのです。
着座位置はダイレクトに前後荷重が変わります。レーシングマシンはひとり乗りのシートですが、コーナーで腰をイン側へズラすときアウト側の太股でシートをホールドするため、下半身が斜めにシートを横断できるよう、シートが前後に意外なほど長くなっています。まっすぐ着座していれば20センチ以上は前後に腰の位置を移動できるので、上半身を起こした姿勢で前に移動すれば、前輪荷重を容易に増やせます。
前輪荷重といってもステアリングヘッドまわりをコントロール
ただ前輪荷重とは、正確にいうと言葉通りフロントタイヤが路面に接している部分の荷重と、前輪まわりを支えているステアリングヘッド部分に載る荷重とのふたつの意味があります。
ステアリングヘッドに載る荷重というと、結局は前輪の荷重と同じではと思われるかも知れませんが、フロントフォークというサスペンションを介していると、必ずしもダイレクトに伝わるとも言いきれません。それよりも、車体の姿勢として前側が持ち上がりにくい、もしくは動きにくい状態とするために、ステアリングヘッド側へ荷重を必要とする、そんな対応として上半身の両肩や頭の位置を低くして、リーンしてからの旋回やコーナーからの脱出で車体に余計な沈み込みやリフトを抑えるフォームをとっています。
とりわけ、MotoGPのようにパワーで後輪がスライド気味になりやすいマシンでは、前輪の後輪の軌跡に追従する基本機能以上に、旋回している前輪の旋回力を維持してやるか否かで、曲がれるチカラも変わってしまうため、前輪荷重を抜かない姿勢を維持することが重要になるのです。
もちろんMotoGPといえど、ハンドルを持つ手で前輪の舵角操作はできません。無駄な入力は却って旋回力を弱めます。しかし、急激な荷重変化で前輪の接地圧を失ない、それがまたグリップしたときのハンドル振れは、ステアリングダンパーに助けられながらもライダーがホールドして車体の揺れを抑えなければなりません。
力づくでは乗れず、しかし万一にはチカラも必要で、前輪荷重コントロールもしなくてはならないという、MotoGPライダーの忙しさは並大抵ではありません。彼らの工夫を想像しながらあのダイナミックなライディングフォームを注視しながらレース観戦すると、楽しさも倍増するというものです。