スラントしたカウルと長く伸びたテールパイプの見た目より激変の電子制御PGM-II!

’80年代の2ストレプリカ時代を知るライダーは、’88のNSR250Rを史上最強のマシンに位置づけるファンが多数を占める。
1987年11月に発表となった'88モデルのNSR250R(MC18)は、忘れもしない「I am PROSPEC」と題してマシン自らが「私」と一人称でアピールするカタログを引っ提げていた。
自信に満ち溢れたカタログの語り口調と、2輪専門誌も顔負けの高度な技術解説がズラリと並ぶ。
NS250Rからの2スト90°Vツインは、ひとつ前のMC16からそれまでVバンク間に収まっていたキャブレターを、両シリンダーとも後方からクランクケース・リードバルブ吸入へと位置関係を大きく変えていた。
電子制御でPGMキャブレターと称するジェット系からコントロールするシステムや吸気チャンバー、シリンダーの排気ポート高さを変えるRCバルブII、そしてPGM-CDI点火システムなど、積み上げたノウハウの熟成で、パワーバンドやレスポンスが飛躍的に向上していた。
その圧倒的なパフォーマンスは、ライバルが追いつかないアドバンテージで暫くは安泰だろうと思わせるほどだったが、翌年1989年に早くもマイナーチェンジとなってファンを驚かせた。
しかも走り出すとその違いは衝撃的で「最強」ぶりがライバルとの差をさらに広げたように感じさせた。
外観はカウル前面がスラントしたデザイン(実際それは高速でのフロントまわりを安定させていた)と、排気チャンバーからサイレンサーまでのテールパイプが目立って長いのが'88モデルとの違い程度だが、エンジンの電子制御化が一段と進み排気音の静けさと共に熟成の度合いは世代交替したかと思うほど。



進化の立役者は電子制御のPGM-IIユニット。その制御範囲は圧倒的にキメ細かく、点火も可変排気ポートのRCバルブも、そしてキャブレターも各々の状況をフィードバックして互いに関連して制御される複雑な仕組みへ進化。
とくにPGM-キャブレターIIのシステムは、従来のソレノイドバルブによるエアジェット開閉から、新たに可変エアジェットを2系統としてエア流量を4段階にコントロール、これによってスロットル開度から回転域まで全てに中間的な過渡特性の推移がスムーズに繋がっている。
特筆すべきは前後の気筒で点火マップが異なることで、急激なスロットル操作に進角補正を行うワープ点火も、そのサイクルを16サイクルから32サイクルへ引き伸ばし、ワープ領域回転数も2,000rpm〜5,000rpmから1,000rpm〜11,500rpmへと拡大してほぼ全域をカバーしている。
シャシーは目の字にリブが入った異形5角断面とメインフレームは踏襲しているが、リヤサスの全長を伸ばして前傾させ、キャスター角を24°から23°15'へ若干起こし、スイングアームも5角断面へと剛性を高めつつリヤタイヤのワイド化で幅も広げ、長さをやや縮めてホイールベースを1.355mm→1.345mmとショートホイールベース化した。
またリヤブレーキを路面追従性を高めるためフローティング化、そのトルクアームをうけるフレームのピボット部分にマウントの穴が開けられたのも相違点だ。



また180km/hのスピードリミットを廃し、その分を6速ミッションでよりクロス化することで加速も強力になるなど、パフォーマンスアップに費やされた数々は挙げると際限がないほど。
スイングアームが下側で5角断面なのも、排気系をさらに内側へ追い込むワークスマシン由来の仕組みで、こうしたコストを惜しまない贅沢な仕様はこのレプリカ全盛期ならでは。
タンデムステップが折り畳むとカウル内側へ収まり、2人乗りに見せない粋なはからいもホンダらしさのひとつだろう。



こうして「戦闘力」を高めたMC18には、乾式クラッチをはじめ各種パーツを専用開発した豪勢なSPバージョンもリリースされた。
以後スイングアームを排気系との干渉を避けたガルアームとしたり、片支持のプロアーム仕様へと進化するなど、NSR250Rは益々ライバルを引き離す進化を遂げ、ホンダは2ストロークの常識をことごとく覆してみせるほど、歴史を塗り替えたというに相応しい劇的な展開が相次いだ。
この総力を結集した短期集中の戦略に、ホンダらしさの原点があるのは誰もが認めるところだ。



