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このバイクに注目
KAWASAKI
GPZ400S EX-4
1986~2009model

GPZ400Sのパラツインは海外人気でも4気筒絶対の国内では知られず!【このバイクに注目】

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KAWASAKI
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400ccは2気筒がイチバンの信念も大ヒットGPZ400Rに霞む存在に。

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1986年の冬、カワサキは水冷DOHC4バルブ2気筒のGPZ400Sをリリースした。
この当時、400ccスポーツは4気筒の全盛、CBR400RにGSX-R400、ヤマハもFZR400で当のカワサキもGPZ400Rと水冷インライン4が大成功を収め凌ぎを削っていた頃だ。

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そこへ敢えて2気筒を投入したカワサキには、ふたつの思惑があった。
まず世界戦略でいうと、ミドルクラスにハイパフォーマンスを狙った4気筒ではなく、ヨーロッパやアメリカでニーズの大きいベーシックな2気筒スポーツが必要だったこと。
そして実はこのクラスだと、4気筒より2気筒のほうがパンチの効いた元気なミドルスポーツが開発できて、そうした実質的な楽しめるスポーツバイクを普及させたいとの思いが強かった。
これを新規にエンジン開発せず、大成功を収めたサイドカムチェーンのGPZ900R(国内向けはGPZ750R)の4気筒を半分に割って設計したのだ。
水冷パラ(並列)ツインは、ボアをGPZ750Rと同じ70mmとして、ストローク48.6mmから51.8mmに拡大した398cc。
実はアメリカンのエリミネーター400でもこの新パラツインを共有していて、4気筒のGPZ400Rのエンジン幅455mmに対し377mmと圧倒的にスリム。
エンジン単体重量も56kgとコンパクトならではの軽さだ。
GPZ400Sのチューンは、50ps/10,500rpmと3.6kgm/9,000rpmで、当時の400ccで最強のトルクで走りは力強かった。
バランサーを駆動するパラツインは、Ninja750/900で成功したエンジン譲りの傑作DNAを完璧に受け継ぎ、実に説得力の高いツインが完成することとなった。

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輸出向けGPZ500Sは狙い通り順調な滑り出しで好スタートを切った。
しかし国内の400ccクラスだと現実は厳しく、群雄割拠する4気筒を前にするとアピールできるチカラには限界があり、いつの間にかカタログから消える運命を辿っていた。
ところが1994年に車名をEX-4と変えて復活、タイヤサイズ変更に伴うアライメントに違いがあるが、基本的にはGPZ400Sのままカラーリングを時代に合わせるなどイメージチェンジをはかっての再デビュー。
それでも国内でが注目されることのないままが過ぎていたが、実は海外ではベースが同じ500ccエンジンでGPZ500S、もしくはNinja500の名で大成功を収めていたのだ。

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ヨーロッパやアメリカではカラーリングやグラフィックも、売れている人気車種として明るく派手なイメージを纏い、1987年から生産を終えた2009年まで何と23年間もつくり続けられたのだ。

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当時のグラッフィクでも、現在でも通用する魅力を漂わせていて、国内向けでもこうしたアプローチがあったらと思わせる。
何れにせよ実質的にユーザーメリットを信じて、こうした優れたスポーツバイクを供給する姿勢が、海外での根強いカワサキファンを育んでいたのを忘れてはならない。