125ccがスーパースポーツに仲間入り!

250ccスポーツに激震を走らせたRZ250を皮切りに、2ストのスーパースポーツが時代の最先端となり、1982年にはその弟分のRZ125が水冷単気筒でデビュー。
原付二種という黒塗りのビジネスバイクがスクーターへと変わっていたものの、需要の少なかったスポーツバイクの需要を活気あるものへと導いていた。
そのRZ125の勢いを、コーナリングなどライディングをスポーツと意識してワインディングへと出かけるブームをつくったのが1987年のTZR125だった。


1980年のレプリカブーム火付け役のRZ250以来、レースファンが急激に増えユーザー側にもよりレーシーな仕様を求める気運が高まっていた。
TZR125のエンジンは、排気ポートが可変のYPVSを装着したクランクケースリードバルブと最先端、TZR250と共通のピストンからコンロッドまで共有、パワージェット付きのVMキャブレター、そして絶妙な曲線を描くエキスパンションチャンバーとサイレンサーに至るまで、妥協ナシのハイエンド仕様がどれだけインパクトだったことか。
さらに剝き出しの鋼板製デルタボックスフレームが主張するいかにもレーシングマシンのアピールにファンが殺到したのだ。


TZR125はいわゆるカウルのないネイキッドが基本で、ヤマハ純正のレーシングマシンの赤白グラフィックと、フランスヤマハのGPマシンカラーであるゴロワーズブルーと、まさにレースファンに向けてのフォルムに徹底していた。
とはいえ、ヒートアップしてきたファンを意識して、250クラスと同じようにイタリア・ヤマハ製のフルカウルを装備した限定車も登場していた。


そして1989年に前輪を小径16インチからGPマシンと同じ17インチ化して、3本スポークの中空ホイールやリヤにもディスクブレーキを装備、アライメントなどハンドリングを向上する改良が加えられ、コーナリングでは完璧といわれるイチ押しのマシンとして完成度を高めていた。

日本でのTZR125は1990年代へ入ると下火となり、ライイナップから消滅していったが、海外向けには何とTZR250のアルミデルタボックスフレームとフルカウルに、この125cc単気筒を搭載したTZR125Rが存在していた。
さすがに車体のボリュームにエンジンが負けていたようで、極く少数が逆輸入されていたものの、その存在はあまり知られていなかったようだ。