きっかけは4気筒が350だと魅力に欠けるとの結果に、思いきってカスタム風で真面目一本槍から脱してみることに!

1969年に衝撃のデビューを果たした世界初の量産4気筒スーパースポーツCB750フォアは、ホンダも想像していなかったほど世界に4気筒ブームを巻き起こした。
これに気を良くしたホンダは1971年にCB500フォア、続いて1972年にはCB350フォアをリリース、4気筒艦隊で圧倒する筈だった。
しかし排気量が小さくなるほど、当時は4気筒モデルに力強さを欠くイメージがつきまとい、CB500フォアはCB550へと排気量をアップ、350フォアも400へと拡大することになった。

ただ400については350では4気筒が必要ないとするネガティブな空気が漂っていて、パワーアップだけでなく新たなイメージで大幅な刷新が必須ということになった。
そこで検討を重ねた結果、思いきってそれまでのホンダ4気筒のメジャー感から、特別なマシンとしてのマイノリティ路線へチェンレンジすることにしたのだ。
コンセプトはカフェレーサー。燃料タンクを長めにして低くて短いハンドルバーで前傾するライディングポジション、シートも腰を後ろに引くイメージの形状とした。
これに伴いステップ位置が後退、チェンジペダルはレーシングマシンのようにリンクを介して取り付ける、カスタムパーツを奢ったような仕様に。
そして極めつけが4into1マフラーだった。
当時は4本マフラーが標準だった時代で、レースやカスタムしたマシンに後付けで装着する集合マフラーが流行りだした頃で、何と最初から装着してしまうという大英断!
しかもエンジン前にあるオイルフィルターとの干渉を避け、前輪との間を曲がりくねってエンジン下の集合チャンバーと繋ぐ、絶妙な取り回しとなりこれがデザイン的にも最大のアピールとなったのだ。





SOHC4気筒は347ccで47mm×50mmだったのを、51.0mm×50.0mmの408ccとして、34PS/9,500rpmと2.7kgm/8,000rpmから37PS/8,500rpmと3.2kgm/7,500rpmと中速域で扱いやすい特性へチューン。
マフラーの4into1化も中速域が力強く、エキゾーストノートが集合ならではの共鳴サウンドで、マイノリティ好きなライダーを惹きつけた。
そして5速だったミッションを6速へと増やしてスポーツ性を強調。
またフレームはダウンチューブが1本のセミダブルクレードルを引き継ぎ、そもそも安定性で定評のあったハンドリングも良いバランスに収めていた。
海外では若年層や女性ライダーにも楽しめる斬新な4気筒として注目度が高く、中型(海外では軽量クラスの認識)に高級バイク登場とデリバリー台数が少なかったこともあって希少バイク扱いで相応に人気があった。



ところが翌1975年に、日本国内では運転免許制度の改正に伴い、400cc以下が中型の限定免許で400ccを超えると限定のない自動二輪免許(いわゆる大型2輪)となり、408ccのCB400Fourはこれに対応してクランク側で48.8mmストロークへサイズダウン、398ccとして中型免許で乗れるモデルへと移行した。
出力は36PS/8,500rpmと3.1kgm/7,500rpmと、僅かにダウンしたがほぼ感じられる差ではない。
またこれを機に、アップハンドルを装着したCB400FOUR-IIを加え、従来のフラットハンドルをCB400FOUR-Iとして、408ccのままとの3タイプが併売されることに。
さらにタンデムステップがスイングアームから車体側へマウントされるなど細かな改良も施されている。


とはいえ、大量生産で世界トップのシャアを誇るホンダが、大多数に好まれる中庸なデザインにまとまりがちなのに対し、カスタムを施したマイノリティ派向けのデザインで人気を得たCB400フォアを経験したことは大きな転換期となった。
大攻勢をかけた1980年代には、個性的であることが魅力に結びつくスポーツモデルが続々と登場した流れも、このCB400フォアを起点にしているのは間違いない。



