圧倒的なスリムさと鋭いダッシュ力は400cc4気筒の概念を完璧に打ち破った!

1982年12月にリリースされたVF400Fは、400ccクラスでV型4気筒の水冷DOHCという、カムシャフトが4本必要とするなど生産台数の多いこのクラスでもそこまで高コストなハイメカニズムの登場と、そのセンセーショナルぶりは並大抵ではなかった。
そして実際、このクラスでは12,500rpmの未経験な超高回転域と0-400mを13.1secという俊足ぶりもさることながら、一番のインパクトはそのすべてに異次元フィーリングなハンドリングだった。
1年前、CBX400Fがクラス最強のスーパースポーツで他を圧倒したその威力が消し飛んでしまうほど、スリムな車体が可能にした深いバンク角で整然と旋回し続けるパフォーマンスに、唯々唖然とさせられたからだ。
この未体験ゾーンのV4ポテンシャルは瞬く間に広まり、初年度に直4のBX400Fを上回るクラストップの販売数というヒットぶりだった。





初の400cc90°V4は、55.0mm×42.0mmの極端にショートストロークで399cc。53PS/11,500rpm、3.5kgm/9,500rpmで、ホイールベース1,415mmで大型バイクと変わらない完全なダブルクレードルのフレームにマウントした乾燥重量173kg。
前輪に世界GPからフィードバックされた前輪16インチの小径化、ホンダオリジナルのコムスターホイールに組み込まれたインボードディスク(効力とタッチで優位な鋳鉄ディスクが外見で真っ赤に表面が錆びるため)に、アンチノーズダイブのTRACやリヤサスのプロリンク等々、最新テクノロジーを満載したスーパースポーツだった。


デビュー当初、V4を経験したことのないライダーにとって、慣れ親しんできた直4の幅があるクランクシャフトがもたらす安定感とは違い、2気筒並みにスリムで軽快なV型4気筒の軽快というより鋭い運動性に警戒心が先に立つライダー続出。
中速域のスロットル・レスポンスも鋭いだけでなく、従来のトルクが呼び出されるまでのラグのない燃焼効率で一気にトラクションを高めるポテンシャルに戸惑うばかりだった。
しかし慣れるにつれ全日本F3クラスでワークスマシンが他を圧倒するのを横目で睨みながら、徐々にそのポテンシャルを開花させるライディングも浸透、噂が噂を呼び瞬く間に大ヒット作となったのだ。


雑誌広告には、堂々と直4(インライン4もしくは並列4気筒)vsV4の、同じホンダ社内での対立状況をアピールするという、いま考えると俄には理解し難い自信に満ちた姿勢を貫いていた。
HY戦争は既に真っ只中だったとはいえ、まだレプリカブームのフルカウルばかりにはなっていなかったので、ミニカウルを装着していてもV4エンジンがよく見えてスリムさをスポイルしないよう絶妙に曲線を描くフレームなど、個性を強く放つ全体のデザインもホンダ・ファンを後押しする要素だった。
圧倒的に違う圧倒的なカッコよさに、多くが陶酔した……そんな独り舞台に近い人気を誇った。


しかし、いま見てもその佇まいにバランスの良さと、新鮮味に溢れたメカニズムの美しさが織り成すV4カルチャーは、歴史に残る偉業といって過言ではない。
そのあまりの完成度の高さに、1984年から追加されたフルカウルのINTEGRAにインパクトを感じさせないほどだった。
1982年3月に市販二輪車初の水冷V型4気筒、VF750 SAVREとクルーザーVG750 MAGNAをリリース、V型エンジンによる大攻勢をスタートしたホンダ。
次いでメジャーなカテゴリーの250ccクラスにV型2気筒VT250Fを1982年6月に発売開始。その僅か半年後の1982年12月に、VF400FとVF750Fのスーパースポーツを登場させるという矢継ぎ早にV4を投入する爆発的な勢いは、この時期バイクファンで過ごした人々から消えることのない衝撃の連続だった。



