不朽の名車、GSX1100S KATANAのオリジナリティに忠実な開発陣の本気度!

スズキといえばKATANA……ハンス・ムート率いるターゲット・デザインとタッグを組み1980年のケルンショーにデビュー、翌1981年から発売されたGSX1100S KATANAは世界中で人気となり、何と1994年に再リリース、ファイナルは2000年の限定モデルという超ロングラン。
そもそもスズキは4ストローク化が日本メーカーで最後発、1976年にGS750と400の足がかりから1978年にはGS1000でレースでも肩を並べ、1980年にはすべて4バルブ化(TSCC)と追いつけ追い越せの勢いで邁進していた。
そこまで辿り着いたスズキにとって、世界のファンへ向けアピールが必要なのはまだ間もないため欠けている「ストーリー性」。
そうした「個性」がなければ、性能だけ肩を並べても食い込み抜き去るのは難しい。
そんな折りに出逢ったのがドイツのターゲットデザインの活動だった。


BMWの乗用車でインテリアデザインや、モーターサイクルで新規デザインを担当していたグループが独立、MVアグスタなどスペシャルマシンを創造する工房としての活動をはじめたタイミングで、開発中だったGS650GやGSX1100Eを手がけることになったのだ。
その斬新で個性あふれるGSX1100Sのプロトタイプが、1980年のIFMAケルンショーで発表され話題沸騰、翌1981年には量産車として世界へのデリバリーをスタートしていた。


圧巻だったのは、KATANAと名づけられたGSX1100Sの前年ケルンショーでのモデルとほぼ変わっていなかったコト。
ショーモデルはデザインスタディの習作として、実際に量産化される段階で製造行程の事情が反映され、イメージは踏襲するものの全く同じとはいかないのが常識。
しかしスズキがKATANAで求めていたのが、まさしく「ストーリー性」と「個性」だった初心を最優先、ヨーロッパの高速巡航で実用上必要な小型スクリーンを加えたくらいで、他はデザインのオリジナルを忠実に再現するよう最大限の注力をしたのだった。



この過去、他に例のない超個性的なKATANAは、果たして世界中で憧れの1台として別格扱いされるようになり、時代の変革に従ってタイヤサイズやサスペンションなど変更をうけていったが、その基本構成は全く変えることなく毎年積み重ねられていった。
一部カラーリングでバリエーションを加えたこともあったが、独得なコンビネーションメーター、スウェード調シート表皮、サイドカバーに埋め込まれた大きなダイヤル形状のチョーク、そしてカフェレーサーそのままの低く幅の狭いセパレートハンドルと、何と20年近くも変わることなく継承されていた

とりわけ日本国内向けには、輸出向けとは異なる規制のため逆輸入されていたのを、1994年に出力規制の細かな違いを除けばほぼオリジナルのままが再デビューとなった。
新機構のパワーアシストクラッチや、オイルクーラーに別体タンクつきリヤサスユニットなど、これを機にさらなる熟成も進められていた。
そして2000年、厳しくなるいっぽうの排気ガス規制から、製造を継続できる最後として、国内向けに1,100台の限定車がファイナルとして販売された。
実に19年という歴史に残るロングラン達成のモデルとなったのだ。

こうした手の込んだ、オリジナル・デザインの忠実な再現という、実際には容易でない取り組みを成し遂げ、実はフレームの熔接などスパッタ(飛び散った痕)が残らない加工処理にも留意して、世界の大人を虜にする職人気質が漂うクオリティにこだわったことも忘れられない。
まさにスズキにとって、ブランドを世界一流へ仲間入りさせるための大事なステップであり、そこをはずさない情熱が築いた金字塔だった。



