180°クランクでバランサー駆動、超高回転域まで真っ直ぐ伸びていく傑作ツインの誕生!


スズキは1976年、生産車すべてが2ストロークだったのを、DOHC4気筒のGS750(続いてGS1000も投入)、DOHCツインのGS400で4ストローク化に成功を収めた!
次いで1980年、手綱を緩めることなく4ストローク技術でさらなる先鋭テクノロジーに挑戦、切り札として燃焼室の2バルブを4バルブ化するだけでなく、燃焼室に吸気バルブと排気バルブがそれぞれ対で向き合ったふたつのドームを形成することで、スワール(渦流)を生じて燃焼効率をアップしようというTSCCを導入。

これには各気筒の燃焼室の大きさも鍵を握っているので、スズキは750/1000ccクラスで開発したノウハウを、一番メジャーな400ではボアが小さくなる4気筒ではなく、4バルブの2気筒とすることが必須だった。
既に1972年にホンダはCB350フォアでミドルクラスにも4気筒化をスタートさせていたが、スズキは各気筒の排気量が小さく効率の低い4気筒はあり得ないと、ひたすら2気筒路線にこだわっていたのだ。
ボア67mm×ストローク56.5mmの並列ツインは、399ccで44ps/9.500rpm、3.7kgm/8.000rpm。
並んだピストンが交互に往復する180°クランクなら高回転域でアタマうちにならないと敢えて採用、必然的に不等間隔爆発となるため振動を打ち消すバランサーを駆動していた。

次いで1981年にはフロントのブレーキをダブルディスクとしたり、ミニカウルを装備したS対応も追加、しかしフラッグシップのGSX750E/GSX1000Eが、鼻息荒く乗り込んだ割にいまひとつ人気とならない状況と同様、GSX400Eも勢いを感じさせるほど注目度が高くないまま。
4気筒のビッグマシンのほうは、このタイミングであのKATANAが登場することとなり、4気筒のTSCCエンジンは大ヒットで大量生産される流れに乗った。

しかし時代のニーズは4気筒へと傾注しつつあり、実力ではトップのパフォーマンスだったGSX400Eも、4気筒モデルの開発をせざるを得なくなり、1981年にGSX400Fがデビュー。
ただツインのニーズがいきなり消える筈はないと、GSX400Eは人気のKATANAデザインにあやかろうと、1982年にフォルムも一新したモデルへと刷新、鋭く尖ったエンジン特性だったのを車体や足まわりのと設定と共に落ち着きのある安定感を加え、高い評価でイメージも変わりつつあった。
スズキは海外向けモデルも含め、この燃料タンクからサイドカバーへのKATANAラインを暫く踏襲していた。

さらに1983年、赤と黒のヨシムラカラーとビキニカウルを纏ったGSX400E KATANAをリリース、既に益々メジャー感を強めていた4気筒モデルに対するアンチテーゼを好むファンへと吸い込まれ、いまでも中古車マーケットでたまに見かけることがある。


かくしてポテンシャルも高い闘うツインを目指したGSX400Eは姿を消すことになった。
オリジナリティを貫き、一途なコンセプトの名機が多いスズキだが、登場のタイミングでサクセスストーリーを辿れていない機種も少なからず存在したそのひとつとして、GSX400Eは傑作バイクのランクで記憶に刻まれている。



