社内の有志が発案したレーシーなフォルムに武骨さを重ねたバイクに賛同が集まる!

ススズキは2001年に時代を遡ったようなGS1200SSを発表した。
それはハーフカウルのレプリカ的なフォルムだったが、空力を優先した洗練さはなく、どこか反骨心を漂わせた不思議な個性を放っていたのだ。
そもそもは1980年代初期の鈴鹿8時間耐久で、4ストローク化で後発だったスズキがヨシムラと組んで先行メーカーに挑んだ頃へのノスタルジーからだった。
男たちが無我夢中で取り組んだマシンはどこか武骨で、オートバイらしさが詰まったカタチに、まだレースへの知識が疎いファンは熱い視線を注いでいた。


そんなスズキも世界選手権耐久レースでの活躍を背景に、1985年には出場マシンそのままに見えるGSX-R750をリリース、世界中の注目を集めスズキの快進撃がはじまった。
レーサーレプリカ時代を牽引するスズキは、まさに本物のレーシングマシンに限りなく近いバイクで熱いファンを育み、スポーツバイクのレベルを引き上げ続けていた。
しかしそうした流れの渦中にあって、スズキの開発陣には常にマイノリティを意識する価値観が存在し「鉄フレームで男臭いロードゴーイングレーサーが欲しい!」と、オートバイファンのひとりに立ち返った草案が持ち上がったのだ。
そんな一部の閃きに開発の許可が出るワケもない……そこで発案側は内々に社内のスタッフへプロトモデルを見せ「こんなバイクもイイねぇ」と言わせる水面下の洗脳をはかり、そんなに賛同があるならと製品化へGOを得るのに成功したという。
ベースは油冷ネイキッドのINAZUMA1200。
その鉄フレームへカフェレーサーをカスタムする采配で、いかにも男臭いフォルムが出来上がった。




キャッチコピーで「男のバイク」と謳ったのは、まだ耐久レーサーがアップハンドルのスーパースポーツにカウルを装着した、そんな時代に漂う「武骨さ」も匂わせたかったからだ。
だからフレームはアルミではなく鉄……リヤサスもリンクを介したモノサスではなく、トラディショナルな2本ショック。
エンジンはいうまでもなく「油冷」、スズキは4バルブ燃焼室エンジンにはGSXを車名に冠していたが、敢えて2バルブ時代を彷彿とさせる前提の雰囲気を踏まえ、実際には4バルブでも2バルブ世代のXを外したGSのみで組んだ車名と徹底していた。
GSF1200がベースの油冷4バルブDOHC4気筒は、79.0mm×59.0mmの1,156cc。
100PS/8,000rpmと9.6kgm/6,500rpmは、CVR32キャブレターが敏感に反応しない設定で、人間の感性に馴染みやすいジワッとレスポンスする温和な特性に終始する。
ホイールベースは1,460mmと、日本国内のアベレージ速度を意識したコンパクトさで曲りやすいハンドリングを狙っていた。
アルミフレームではないことから車重は210kg、これは安定感のほうへ働く要素となっていて、ライポジも見た目より前傾がきつくない、ライディングに親しみのある走りやすさが優先。
ご覧のようにデザインもどこかオートバイらしさを湛えた、街中で「サーキット風」を楽しむ日本的なカフェレーサーを具現化した「オールドボーイ」好みにまとまった。



ところがデビューでアピールしたブラックな「男気」イメージでは、そもそものヨシムラの耐久レーサー・イメージも伝わりにくく、翌年にはスズキといえばレースでお馴染みのブルーをアレンジするグラフィックへと変わっていった。
因みに燃料タンク形状も変わり、容量が20リットルから18リットルへと少なくなっている。

しかし企画から開発段階までは勢いがあったものの、実際にリリースされると'80年代を懐かしむカウルのついた日本流カフェレーサーというポジションに飛びつく層を掘り起こせず、圧倒的なネイキッド・ブームの勢いに勝てないままが過ぎていった。
この1990年代初期では、ノスタルジックが流行るにはやや時期尚早なタイミングだったようで、何と3シーズンで姿を消す短命となってしまい、後々惜しまれる存在として語られるモデルのひとつでもある。



