日本メーカーがこぞってターボ挑戦した時期に、いちばん手堅かったスズキ!
日本製大型スポーツがこぞってターボ化にチャレンジした時期、口火を切ったのが1981年のホンダCX500ターボとこのスズキXN85ターボだった。
続いて1982年にヤマハがXJ650ターボ、カワサキはやや遅れ1984年にZ750ターボをリリースしていた。
4スト化ではテールエンダーだったスズキだが、そこからの猛追は凄まじく2バルブ→4バルブ化でTSCCと呼ぶ4球面燃焼室の採用など高度化をまっしぐらに突き進んでいた。
ところがターボ化となると、いきなり手堅い開発となり、ベースに選ばれたのは2バルブのGS650Gエンジン。
この実績あるエンジンを、IHI製タービンとフューエルインジェクション(燃料噴射)でチューン。
が、スペック的にはターボ化による夢のようなパワーアップではなく、最大トルクが800ccクラス並みの力強さとなっている程度。
デザイン的にもその直後にリリースしたKATANA系と通じるハーフカウルで、暫くスズキのアイデンティティにもなったフォルム。
輸出専用でアメリカからデリバリーがスタートしていた。
マイノリティを突っ走るスズキでも、製品クオリティに過剰なリスクは避けていた
因みにどれだけ手堅かったかというと、ベースのGS650Gが同じ673ccで73PS/9,400rpm(国内仕様では65PS/9,500rpm)だったのが、XN85では85PS/8,000rpmと圧倒するモノでもなかった。
ただ最大トルクは5.3kgmが7.8kgm/7,500rpmとさすがに力強い。
実はそもそものターボ構想がスズキならではで、ターボの泣きドコロとされるレスポンスのラグを最小限に抑えようと他はエキゾースト出口の至近に過給ユニットを配置するのに対し、スズキはシリンダー背面と遠く、エキゾーストもそこまで長く延びた設定だ。
これはいわゆるターボの瞬発力ともいえるドッカーンと、突き飛ばされたような急激なダッシュを嫌い、ジンワリと馴染みやすいレスポンスと共にグイグイと押しまくるトルキーな頼もしさに狙いを定めていたからだ。
このためXN85が最も違和感なく乗れて、コンセプトだったツーリングスポーツとして安定性の高いハンドリングと共に余裕の走りという特性にまとまっていた。
ただマーケットはターボ化に、まさしくドッカーン加速に大きく期待していて、その驚きが少ないXN85の評価は高くなかった。
しかしスズキの開発陣は、コーナリング途中で急激に加速が強まるまど、ライダーにとって唐突な挙動は危険で楽しめないとして、敢えてこの設定と仕様としていたのだ。
そのコンセプトがメジャーな層でなくても、ピンポイントにオリジナリティや特徴がある製品であれば躊躇せずリリースするスズキだが、こうしたクオリティに対しては厳しい一線を引いていた証しのようなものだろう。
XN85はこのためマイノリティなまま消える運命を辿ったが、1981年から1983年までカタログには掲載されていた(1981年モデルとはスクリーン形状とピンストライプと僅かな違いがあった)ので短命には思われてなかった。