ベースエンジンは35年間も継続生産されたロングラン単気筒!

スズキは1997年、400cc空冷SOHC4バルブ単気筒のトラディショナル・スポーツバイク、TEMPTER(テンプター)をリリースした。
この特徴的な直立した大きなシリンダーのシングルは、1986年のLS650、翌年のLS400(共にSAVAGEという車名)というアメリカンが搭載していたエンジンがベース。
LS650は94mm×94mmの652cc。このエンジン、2005年にS40 Boulevardと車名を変え何とつい最近の2020年まで35年間も生産が続いた超ロングラン・エンジンだ。

TEMPTERはこのLS400エンジンをベースに、トラディショナル・スポーツ専用に英国伝統で名高いフェザーベッド・タイプのフレームを新設計して搭載。
LS400同様かなり太いエキゾーストをクランクケース形状に合わせて斜め下方向へ直線的にレイアウトするあたり、1950~'60年代の英国ビッグシングルを彷彿とさせる趣味性の濃さを漂わせている。
またアルミリムもH断面とこれもトラッドへのこだわりで、フロントブレーキは懐かしいツーリーディング方式のドラムブレーキと半端ない仕様。


大きくそそり立つ単気筒シリンダーは、いかにもロングストロークに見えるが、実はボア×ストロークが88×65.2mmとショートストローク。
396ccで4バルブ、27ps/7,000rpmと最大トルクが3kgm/5,000rpmで、いうまでもなく中速域が楽しめるキャラクターにチューンされていた。
鼓動感やトラクションがスムーズ且つパンチ力をもっていて、いわゆるクラシカルなもったりとした鈍さはない。
乾燥重量が159kgと軽くまとまるため、走りは意外なほど軽快だった。


フロントのドラムブレーキについてさらに触れると、ツーリーディングの2カム形式を左右の両側に持つ、'60年代のレーシングマシンと同じ両面パネル方式。
つまり左側から見ても、右側と同じツーリーディング・パネルがあって、ブレーキシューが内部で4片作動するという超マニアックな凝ったつくりだった。


しかし実際のマーケットでは、1978年から続くヤマハSRの牙城を切り崩すことはできず、2000年で生産を終了する運命を辿ることになってしまった。
ただこの間、スズキは高性能に突き進むスポーツバイクの将来を心配するかのように、このTempterの販促には尽力していて、専門誌には夫婦で子ども2人を後ろに乗せたタンデム・ツーリングのシチュエーションを見せるなど、当のエンジニアたちが理想とするバイク・ライフを描いた展開もあったほど。

いまあらためて眺めると、シリンダーがそそり立つエンジンのカタチ、全体のフォルムがいかにもオートバイらしいシンプルな良さで包まれ、とりわけエンジンの美しさは、これで再デビューしないかと期待したくなるほど独得な感性が漂う。
こうしたマイノリティなモデルを躊躇なく投入するスズキだからこそ、具現化できたモデルのひとつであるのは間違いない。