50代から60代にもなると、ツーリングで腰が痛くなったり、肩が凝るとか首が回らないなど、つくづく年をとったと実感しています。これは受け容れるしかないでしょうが、横道からクルマが飛び出したときなど、咄嗟のコトへの反応が鈍くなったのも感じます。さすがに危ないので、この解決法や降りる日をどう決めるのかなど、ご教示いただけませんか?
A.身体の衰えは、どう頑張っても下降線を緩やかにするしかできません。しかしバイクに乗るならコツがあります。チカラを使わず操れば「うまくなる」一石二鳥なので生涯上達の道を楽しみましょう。反応の衰えは、アブナイと思った驚きと警戒心に思いきり慄きましょう。その予兆に気づかなかった理由を洗い出し、次は起きない起さないの気持ちを徹底します。乗り続けたかったら「ま、いっか」はナシです。誰かに言われてやめることのないよう、自分でムリと決められる真剣さを持ち続けましょう!
ちょっとした体幹移動だけで操るワザは、体力の衰えをリカバーするどころか、もっと「うまくなる」伸びシロを実感できる喜びがある!
ボクもツーリングの途中で下半身が鬱血でだるくなったりと、歳と共に疲れがでやすくなりました。
ただ仰有るような腰や肩に首などが痛くなるのは、走った翌日か最近では2日後に出てきたりします。
これはキャリアを重ねて、走っているときに首から肩や上腕、背中から腰にかけてなど、ほとんどチカラを抜いたままで、曲がるときは体幹の範疇で重心移動を済ませる走りだからかも知れません。
乗車姿勢でお臍を引っ込めた奥にある背骨が骨盤と重なっている部分に重心があると仮想して、げんこつ2つ分ほどイン側下方向へサッと移動するだけで、曲がるに必要な旋回体勢に入ることができます。
腰を捻ったり上下動すると却って荷重が抜けたりするので、外から見ると何をしたのかわからない感じで体幹の中だけで完結させる……のがコツです。
走ったあとにくる筋肉の痛みや肩凝り腰痛の類は、ひとつに日常とのギャップ、つまり使っていない部分に色々集中して負荷があるため仕方ないと思っています。
せめて、ということで時間をみつけては室内プールで関節の稼働範囲が狭くなるのを防ぐためと、バテないための原点である有効な肺活量の維持のために、ゆっくり休みながら泳ぎ続けています。
ランニングや筋トレなど、60代からは鍛えるのは関節や筋を痛めるリスクもあるため、頑張るのは避けたほうが良いとのスポーツドクターのアドバイスに従っています。
ドキッとしたら「乗れなくなるかも……」を自分に言い聞かせます!
そして気にされてる反応の衰えですが、これも同様に感じています。
むしろバイク云々以前に、日常の暮らしの中でそれこそ歩いていて踵が引っ掛かるとか、何か避けるときに足許がおぼつかなかったり……相槌を打たれた方も居られるかもですが、正直ショックですよね。
でも大事なのはこの状況を素直に受け容れること。そんなバカなと忘れようとしたり無視していると、色々大事な考え方や行動パターンを切り替えるタイミングを逸してしまいます。
当然のことですが、たとえば体調が影響したり健康管理を疎かにすれば陥りやすいのを知るべきです。だからといって健康管理の神経を尖らせると、心のアップダウンまで伴いやすく却ってデメリットなようですから、過労とか暴飲暴食とか、できることから心がければ良いと思います。
肝心の反応の衰えが、バイクに乗り続けるのにリスクを高めてしまわないかという心配ですが、これは皆さん個々に価値観や人生観が異なるでしょうから何とも言い難い部分ではあるのですが、ひとりのバイク乗りとしてどう考えているかをお伝えしておきます。
先ず基本は乗り続けるのを最優先するために、ちょっとしたミスに敏感になるよう心がけています。従来は大丈夫だったからと気にしない……ではなく、たとえばスピードの速さに比例するアクションの動きに自分で制約や封印をしていくのに躊躇しないことだと思っています。
そしてここから逃げずにいれば、何れはもう乗らないほうが良いという地点へ辿り着く、それで良いと考えています。
だからこそ、いまを大切に、乗り続けていられる状況に感謝しつつ、リスクに足を踏み入れないもう「ひとりの自分」を傍らに居てもらいながら走っています。
誰かに促されて降りるのではなく、そのときが来たら自分で判断して降りる、そうありたいと思います。
だから乗り続けるためなら、ひとときの誘惑、これくらいならイイだろう……という領域に足を踏み入れません。
乗り続けられる喜びを、自ら放棄するような振る舞いは、後で悔やんでも悔やみきれないに決まってます。そう思いますよネ?
- Words:
- 根本 健
- Photos:
- 真弓悟史,柴田 直行,Istock(cookelma)