ウィリー抑制を狙った2st500ccのGPマシンがルーツ、いまやMotoGP全グリッドがクランク逆回転エンジン
クランク逆回転と聞いて、何を想像されるだろう。前へ走っていくためのエンジンで、クランクシャフトが逆に回転しているって……
と、いきなりはわかりにくいハナシなので、まず逆回転というからにはエンジンのクランクシャフトの正方向の回転から説明していこう。
通常のチェーンで後輪を駆動する機種では、エンジンのクランクシャフトや減速するギヤにクラッチを介したトランスミッションまで、回転軸が進行方向に対して90°の横置きで並べられている。
この回転軸を最もシンプルに並べたのが、横置き3軸構成。
ピストンが爆発で上下動するのを回転方向へ変換するクランクシャフトから、ほとんどの機種は直結した1次減速で大径のクラッチドリブンと噛合い、直後に並んだトランスミッションのクラッチと同軸のカウンターシャフトを介し、噛み合っているドライブスプロケットが直結したドライブシャフトとの、合計3軸で成り立つ最もシンプルでベーシックな構成となっている。
この3軸とドライブチェーンとの回転方向がどうなっているかといえば、クランクシャフトが後輪が進むのと同じ回転方向で回り、ギヤで連結した直後のカウンターシャフトが逆に回転、これとギヤで噛み合ったドライブシャフトから、エンジン側ドライブスプロケットと後輪側ドリブンスプロケットはチェーンで結ばれているので同方向で回転する……
つまりクランクシャフト直後のカウンターシャフトだけ逆回転で、2軸と後輪は前に転がる方向で回転しているワケだ。このシンプル、すなわちコンパクトなエンジン形式が、スポーツバイクにとってベストな構成であるのはいうまでもない。
ところが、そこへ敢えてもう1軸プラスして、クランクシャフトを逆回転させるアイデアが生まれたのだ。
ときは’80年代後半、2st.500ccの4気筒エンジンで闘っていた最高峰の世界GPロードレースでは、あり余るパワーで全力加速しようとするとすぐに前輪が宙に浮いてしまうウィリーに陥りやすく、ライダーは全開加速を躊躇わざるを得なかった。
それだけではない。コーナリングでフルバンク旋回中に、スロットルを開けたとき前輪荷重が抜けてしまい、前輪の軌跡がどんどんアウトへ膨らんでしまう”アンダーステア”状態へ陥り、加速すると曲がれない状態をどうするかが大きな課題だった。
そこでクランクシャフト直後に1軸をギヤ連結して、そのシャフトはバランサーやウォーターポンプなどのサービス駆動に利用する、4軸レイアウトが登場した。
これでクランクシャフトは後輪とは逆の方向に回転することになる。
そうなるとスロットルを開けてエンジン回転が急上昇するとき、エンジンのクランクケース側に反作用として路面方向へ押し付けることになる。
つまり通常の回転だと、急加速すると加速Gのみならず、エンジンまで浮こうとする反作用が加わって、前輪荷重が減ってしまっていたのだ。
これは4st.1000ccエンジンとなったMotoGPでは当初採用されていなかったが、パワーが200psを越え瞬間的には300ps近くも可能となると、再びクランク逆回転の復活が再燃、最新MotoGPマシンでは全車クランク逆回転仕様となっている。
NSR500も逆回転
現在のMotoGPマシンも逆回転
MVが中間排気量のF3やブルターレに、逆回転クランクを採用しているワケ。
フラッグシップの傑作マシンF4とは立ち位置が異なるF3&ブルターレ
偉大なる鬼才、マッシモ・タンブリーニが生涯のノウハウを注ぎ込んだ名車F4。
それはハンドリングを含め完璧なバランスを求めた、ひとつの究極の姿であった。
しかしそのフラッグシップに続く、中間排気量の3気筒を搭載したF3は、675ccからスタートしたこともあってコーナーを自在に駆け巡る、スーパースポーツでもフラッグシップとは一線を画した、ライダーの操る悦びに特化したマシンとしての狙いを定めていた。
MV AGUSTA伝統の誇りでもある、超特級の優れたハンドリングで圧倒的な差異をみせつけるまでに磨き上げる使命がそこにあったのだ。
現在は800ccまで拡大されているが、コンパクトな車体にスロットルレスポンスに優れた、全域トラクションの塊のようなポテンシャルの3気筒エンジンは、世界GPで4気筒を制圧した500cc3気筒を彷彿とさせるストーリーを宿命的に背負っていた。
そんなコンセプトだからこそ、ビッグマシンのあり余るパワーに対し採用されてきた逆回転クランクシャフトを、この中間排気量のパフォーマンスにも敢えて採用するという贅沢な発想がそこにはある。
それでもウィリーしがちな活気ある3気筒、そして安定を助けるエンジンブレーキ
完璧なアライメントならではの破綻しないハンドリング
ではその逆回転クランクシャフトの効果は実感できるのだろうか。
セレクトするエンジンモードにもよるが、F3/ブルターレのエンジンはどこからでもダッシュ可能な活気にあふれたキャラクターがベース。
なので、どうかするとダッシュですぐ前輪が宙に浮きかかる。そう聞くとせっかくのクランク逆回転のメリットがなさそうに聞こえるが、これがコーナリング中だとありがちな前輪が外へ押し出されるプッシュアンダーと呼ばれる現象は巧みに抑えられている。
アライメントをエンジン位置など重心との関係をミリ単位まで詰めているMV AGUSTAならではで、リーンアングルによってステア特性などで大きく変わるポイントのない、常にリニアな一定の変化率で操る安心感はさすがというほかない。
これでクランク逆回転でなかったら、おそらくピョンピョンとフロントがリフトして、エンジン特性もフラットにチューンするしかなかっただろう。
そうなっては、排気量が小さいから走りも相応におとなしい、いわゆる中間排気量の他のマシンと大差なくなってしまう。
それほどF3/ブルターレの3気筒は次元の異なるパフォーマンスが楽しめるのだ。
そしてエンジンブレーキでピタッと後輪を路面に押し付ける効果に素晴らしさ!
さらにここで強調しておきたいのが、クランク逆回転の加速ではない減速時の効果について。
加速時にリフト方向ではなく、下へ押し付ける反作用をみせるクランク逆回転は、これと反対のスロットルを閉めたときに、クランクを中心にエンジンの後ろ側にあるスイングアームピボット側を下へ押す作用が働くのだ。
それがどんな違いを生むかというと、通常はありがちなちょっとハードに減速しながらシフトダウンを重ねると、エンジンブレーキ要因の強い状態だとスイングアームピボットが上に浮き、これが下がって落ち着くまで一瞬待つ……そんな時間を必要としない強みがある。
減速とシフトダウンで、後ろまわりが上下動しない扱いやすさや乗りやすさは、腕に覚えのあるライダーには説明の必要もないだろう。
もちろん、そこまでパフォーマンス・ライディングしないライダーにも、軽いエンジンブレーキでもシフトダウンの瞬間に、軽く後ろへ引っ張られ、後輪が路面に押し付けられた安心感は、自信というか心地よさも伴って操る悦びを高めてくれるに違いない。
他のフラッグシップ級のスーパーバイクで採用されるクランク逆回転とは次元の異なる、繊細さを含め効果を実感しやすいF3/ブルターレのハンドリングは、キャリアの長いライダーへの説得力も高いが、リッターマシンは過剰と頃合いを求めたビッグバイクを選ぼうとする層に、まさしくうってつけといえるだろう。
クランクシャフト後方にバランサーシャフトを介することで、4軸構成となった3気筒エンジン。これでクランクシャフトが逆回転できる。1軸増やしたことでエンジン前後長が増えないよう、トランスミッションを上下構成にして、3軸エンジンと変わらないコンパクトに収めている。外観でもクラッチの収まる丸い膨らみがやたらに上に位置するなど、レーシングマシンのように小さなエンジンを目指したのが伺える