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このバイクに注目
YAMAHA
FZR400R
1988model

1988年のFZR400(3EN)はエアインテークの蛇腹ですぐ判別!【このバイクに注目】

FZR400Rへと繋ぐ小変更の多さは手を緩めないヤマハの本気度を伝えた!

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ヤヤマハは1986年、「ワークスクオリティ」と銘打ったNewマシンFZR400をリリースした。
それは初のレプリカ、1984年のFZ400Rが水冷XJ400Zエンジンをベースに、スチール角断面フレームに2灯式ヘッドライトのカウリングというレーシーな魅力を伝える要素の集合体で、ヤマハをいきなりトップセラーへと押し上げたバイクとは根底からコンセプトが異なっていた。
レプリカ追求に徹したパフォーマンス・マシンだからだ。
FZ750からジェネシスと次世代宣言をしたシリンダー角を前傾45°にレイアウト、ダウンドラフトキャブレターでストレート吸気する完全刷新のNewパワーソースと、 世界GPのYZR500で開発されたアルミのデルタBOXフレーム、さらには扁平ラジアルタイヤを装着したまさに頂点を狙った最新鋭マシンだった。

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その後、国内のF3レース出場を前提としたワークスマシンからのフィードバック、電動排気デバイスのEXUPを搭載したFZR400Rを追加、エスカレートする400レプリカ戦線で一歩も引かない積極姿勢を貫いてみせた。
そして1988年モデル、形式名3ENがデビュー、外観的にはそれまでのユーザーに配慮したと思わせる大きく違わない外観だが、その中身は何から何まで手をつけた完全刷新をしていたのだ。
エンジンは限定モデル用だったEXUPを標準装備、コンロッドを延長してピストンとピストンピンを小型化するなど、初の45°前傾をレース活動から得たノウハウを反映して大幅なパワーアップを果たした。
56mm×40.5mmの399ccは、ボア×ストロークから自主規制上限の59PS/12,000rpmと3.9kgm/9,500rpmのスペック表記まで同一だが、2次減速比つまりエンジン側ドライブスプロケットと後輪側ドリブン側スプロケットの歯数比を、15/44の2.933から19/55の2.894と小さくしていた。
これは最高速度が高められた証拠で、自主規制でスペック表記は変えられないものの出力特性でパフォーマンスを向上、とりわけ排気系の集合部分に半月円筒をエンジン回転に応じて電動で回転させ、背圧(バックプレッシャー)のコントロールで低中速、とくに5,000rpmあたりでは600ccを思わせるトルクを発揮する大差が与えられていた。
サイレンサーをワークスマシンのイメージを踏襲した、長円断面としてアルミ板加工で雰囲気を醸し出していたのも人気のひとつ。
さらに2灯式ヘッドライトの両上外側にエアインテークを設け、ステンレス製の蛇腹でフレームを貫通してエアクリーナーまわりへ冷気を導入、吸気温度を下げると充塡効率が高まるノウハウはレースからのフィードバックで、3ENを見分けるポイントでもあった。

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アルミのデルタBOXフレームも、ピボットまわりの大幅剛性アップで鋳造部分を拡大、この形状変更に伴いシートレールに至るサブフレームも変更となった。
またスイングアームもトライアングル状にサブフレームが加えられ、デルタリヤアームと呼ばれる捩り剛性で実に70パーセント、横剛性でも45パーセントも強めたいかにも高剛性な仕様となっている。
これは初のラジアルタイヤ採用からの時間経過で、実はまだまだポテンシャルを高められるのがわかったからで、コーナリングパフォーマンスは確実に高まったのを実感させていた。

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そこのマシンでヤマハが意識していたのは「開けて曲がれる」パフォーマンス。
コーナリングでスロットルを開けた途端、後輪がすぐ路面を蹴ってトラクション効果が発揮されるよう、アンチスクワットの設定を旋回状態を優先する「走り屋ライダー」向けだったのだ。
リヤサスの伸び側の減衰力調整で、多段ノッチ方式と高度な仕様を採用していたのも、そうした姿勢を象徴していた。
それだけに、サーキットでのポテンシャルはもちろん、ワインディングでもライバルたちとの優劣を問う空気に、ライバルメーカーもハンドリングにポテンシャルを追う競争を激化させていた1988年だったといえる

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益々激化する400レプリカ戦線は、ワークスマシンでの進化を反映して最新である状態をキープするのが定番化、この頻繁にモデルチェンジを繰り返す流れは、さすがにユーザーが辟易とする傾向が徐々に拡がってきた。
ヤマハもこの後にFZR400にもうひとつRを加えたFZR400RRと、カウルの形状もスラント化した進化版へと移行していったが、ある意味この世代あたりが盛り上がりとして最もピークを迎えていた。

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ただこうしたレプリカ全盛期は、各メーカーとも濃密な開発競争に明け暮れ必要ならコスト無視も許される、エンジニアにとって黄金時代であったのは間違いない。
歴史的に通常なら5年はかかるのを、僅か1年でクリアする勢いと熱意だったが、それがまるで失われているような現状には寂しさだけではないストレスも感じてしまう。
海外メーカーはいまでもチャレンジの多いモデルを投入している。もっと対峙して欲しいと多くのライダーが願っているのを忘れないで欲しい。