前のめりを抑えるシステム開発に4メーカーが競った時代
きっかけは世界GPマシン、
前輪16インチとアンチノーズダイブがセットで必須に!
GPマシンからのフィードバック、これが合言葉になった時代にライバルと同じ新機構を装備しないと売れない呪縛に囚われていた4メーカー
ケニー・ロバーツ、フレディ・スペンサー、バリー・シーンなど、日本メーカーのワークスマシンが覇を競う世界GP人気に、’80年代に入ると空前のスポーツバイクブームで盛り上がっていた。
新技術も相次ぎ開発され、中でも注目を浴びたのが前輪16インチ。実はレーシングマシンで、よりハードなブレーキングに対応できるよう、前輪のトレッドを幅広にしたトライだったのだが(乗りにくくならないよう前輪の外径は変えずに、トレッドをおむすび形状の断面に左右へワイド化すると、タイヤのサイドウォールがなくなってしまうため内径を小径化する必然性が生じてくる)、市販車の開発では小径化するとリーンで前輪のジャイロ(回転しているホイールの慣性力)が軽減され、素早く鋭いリーンが可能になる……とレースでの採用理由を誤解して本来の理由とは異なる、何と外径を小さくしてしまうという独り歩きを招いた混迷の時代でもあった。
そのハードブレーキング追求で開発されたのが、急激な前のめりを抑えるアンチノーズダイブ機構。
一気にボトム付近までフロントフォークが沈むと、前輪が直進性を失って安定しないことから、これを抑える仕組みがGPマシンでトライされるとみるや、市販車が遅れまいと全メーカーがこぞって追随、流行りだから……開発理由にそんな声がエンジニアから出るほど、前輪16インチとアンチノーズダイブのセットが必須条件の様相を呈していたのだ。
どれもがブレーキを操作するとフォークの油圧回路を高圧にして、一気にストロークする勢いを抑える仕組み。 結果、路面追従性で限界が低くなりフロントタイヤがスリッピーな挙動をみせることに。
GPマシンはとっくにやめているのに市販車の競走だけが続く
アンチノーズダイブを早くから装着したのはカワサキとスズキ。RGΓでANDFをGPマシンに装着していたスズキがいち早く採り入れたのは当然として、カワサキもAVDSという呼び名こそ違えど、同じくフロントブレーキを操作するとブレーキ圧でフォーク内のバルブが閉まり、油圧でそれ以上フォークが沈まないよう抑える構造で追随。
スーパースポーツの水冷化で後発となり、勝負マシンNinja GPZ900Rには最新テクノロジーの証しとして、前輪16インチとアンチノーズダイブを迷わず選択していたのだ。
世界GPワークスマシンRGΓをいち早くフィードバックしたRG250Γ。前輪16インチと共にファンの度肝を抜いた当時のピュアレプリカ
カワサキが水冷化で後発となったのを挽回する切り札、GPZ900Rには当然の前輪16インチとAVDS(オートマチックバリアブルダンピングシステム)が必須だった
初代スズキKATANAにもブレーキ入力でフォークを沈みを抑えるANDF(アンチノーズダイブフォーク)が装着されていた
ホンダは他の追随ではなく、独自の開発でオリジナリティを守る姿勢から、ブレーキが入力されるとキャリパーが回転方向へ動くTRACと呼ぶ仕組みを考案、この動きがフォークのボトムケース内の油圧回路を塞ぎ一気に沈むのを抑える、他よりメカニカルな構成を採用していた。
ホンダはキャリパーを可動にしてブレーキトルクでフォーク内のオリフィスを狭めるTRAC(Torque Reactive Anti-dive Control)を開発、CBXではインボードディスクのパネル側ごと動くいかにも独自性の高い仕組み
通常のディスクブレーキになってもINTEGRAなどフォークのAIRSUSとセットで継続
GPマシンのレプリカNS250Rは躊躇なく16インチ+TRAC採用
ヤマハは最後発で、そもそも前輪の小径化やアンチノーズダイブ機構に懐疑的で、ライダーの乗りやすさ扱いやすさを優先する姿勢を貫いていたが、結局は2スト4気筒の当時のドリームマシンRZV500Rと、新世代4スト・スーパースポーツの切り札だったFZ750で、他にヒケをとらないよう前輪16インチとアンチノーズダイブを装着して勝負にでたほど、当時のこの流行りは抗えないほど強力だったのだ。
しかし、そのヤマハが憂慮していたハードブレーキングでフロントタイヤの路面追従性に難がある面は、さらに高速化されていくパフォーマンスでメーカーの開発陣に何が起きたのかは定かでないが、数年の流行りで全メーカーとも瞬く間に沈静化してしまい、フロントフォークのボトムケースは以後スッキリしたルックスを見せるようになっていった。
小径化とアンチダイブに否定的だったヤマハも、相次ぐライバルのセットで採用する流れに逆らえずRZV500Rの前輪16インチに敢えて?名称のないアンチダイブを装着
4ストのスーパースポーツに初チャレンジとなった気筒あたり5バルブのFZ750は、ブレーキと連動しない圧縮速度反応型のアンチダイブを装備
海外メーカーが手を出さなかった理由通り、デリケートな細い回路は、長い年月が経過するとスラッジで作動しなくなるトラブル多発……
最優先すべき路面追従性の確保と、フォークの作動性向上の進化
GPマシンのアンチノーズダイブ機構が外部に装着されていたのは一瞬で、それはブレーキ操作から切り離され、位置依存型というフォーク内部で深いストローク位置になると圧縮側ダンパーが強まる仕組みへと進化。これを機に、その深いストローク位置でも細かな路面の凹凸に追従できるよう、超複雑なオリフィス構造が開発されるなど、専門メーカーに委ねた仕事になり、バイクメーカーがサスペンション本体の開発には係らなくなりはじめていた。
また海外メーカーは、この流行りにまったく無関心。あまりの知らん顔ぶりにBMWのエンジニアトップに質問したら、フロントフォークというメカニズムを内包するにはあまりに狭いスペースへ、このような繊細なオリフィスやノズルを設けるのは、汚れやすいダンパーオイルのスラッジで作動しなくなるリスクが高すぎて、我々は採用する気になれない、と一蹴されたのが忘れられない。
これはその予見通り、汚れで詰まってダンパーが強めで効いたままになり、この装置をキャンセルするパーツが後になって売れていた。
市販車はGPマシンのように高度なメカニズムを採用できなかったが、折りしも倒立フォークというダンパー構造のグレードアップがしやすい仕様へと切り替わりはじめ、圧縮側の減衰力も可変とする機種も登場するなど、新たな段階へと進化していったのだ。
こうしてハードブレーキングでの急激な前のめりによる不安定さを抑えようとしたアンチノーズダイブ機構は、路面追従性が極端に悪くなりブレーキロックによる転倒のリスクも大きかったので、数年の短い期間で姿を消すこととなった。
その後、ABS(アンチロックブレーキシステム)が採用されるなど、ハードブレーキングのリスクも低減されたが、急激な前のめりを抑制する機構としては最新の電子制御によるIMU(イナーシャ・メジャーメント・ユニット=慣性計測ユニット)を使った車両の姿勢や運動状態を感知し、そのデータによってサスペンションの減衰特性を状況に応じて対応する、超高度なシステムへと一気にレベルアップされている。