油圧ディスクだけど“油(オイル)”じゃない
いまや原付のスクーターからビッグバイクまで、ブレーキ(少なくともフロントブレーキ)はすべて油圧式ディスクブレーキを装備している。
厳密な構造はともかく、パスカルの原理(密閉容器の中の流体は、ある1点に受けた圧力をそのままの強さで、すべての部分に伝える)を用い、ブレーキレバーを引く小さな力で大きな制動力を得ている。
その圧力を伝えているのがブレーキフルード液だが、なぜか“ブレーキオイル”と呼ぶ人も多い。油圧式なんだから“油(オイル)”だろうというのもうなずけるが……。
じつはブレーキ液はポリエチレングリコールモノエーテルと呼ばれる物質をベースに作られるものが主流で、この物質は油(オイル)ではない。なので、ブレーキフルード(フルードは“液体”の意味)と呼ぶのが適切だろう。
ただし、けっこう昔の四輪車の油圧式ディスクブレーキには鉱物油系のブレーキ液も使われていたので、そちらはブレーキオイルと呼んで間違いない……。
沸騰しにくいのが絶対条件
油圧式ディスクブレーキは、ブレーキレバーやペダルを操作してマスターシリンダーに発生した圧力をブレーキホースでブレーキキャリパーに伝え、ピストンがブレーキパッドをディスクローターに押し付けた摩擦力でブレーキが効く。
だからブレーキフルードには、圧力による体積の変化が小さいことが要求される。またブレーキパッドとディスクの摩擦によって高い熱が発生するが、その熱が伝わってブレーキフルードが沸騰してしまうと、ブレーキを操作しても沸騰によって生まれた気泡が潰れるだけで圧力が伝わらず、ブレーキが効かなくなってしまう。
これが“ベーパーロック”と呼ばれる現象だ。そのためブレーキフルードには、高温でも沸騰しにくい特性も要求される。ポリエチレングリコールモノエーテルはこれらの条件を満たす物質なのだ。
ブレーキフルードの規格の“DOT”とは?
ブレーキフルードは沸騰しにくいことが重要なので、沸騰する温度を規格化したのがDOT(ドット)で、これはアメリカ連邦自動車安全基準によるモノ。日本のJIS(表記はBF)でも決められているが、DOT表記が一般的だ。
ブレーキフルードはポリエチレングリコールモノエーテル(グリコール系)が主流だが、レースなどに使われる沸点の高いシリコン系も存在する。現在の市販バイクだとDOT4が主流で、旧車や小排気量モデルはDOT3指定もある。
また、ハーレーダビッドソンは以前はシリコン系のDOT5指定だったが、2005年以降はグリコール系のDOT4が使われている。
以下がDOTによる沸点の違いだ。
■グリコール系
DOT3:ドライ沸点205 ℃以上、ウエット沸点140 ℃以上
DOT4:ドライ沸点230 ℃以上、ウエット沸点155 ℃以上
DOT5.1:ドライ沸点260 ℃以上、ウエット沸点180 ℃以上
■シリコン系
DOT5:ドライ沸点260 ℃以上、ウエット沸点180 ℃以上
劣化すると沸点が下がる!
じつはグリコール系のブレーキフルードは“吸湿性”が高く、大気中の水分などを徐々に取り込んでしまう。混入した水分は、文字通り“水”なので沸点が下がってしまい、べーパーロックの危険が大きくなる(シリコン系は吸湿性はないが、水が混入すればやはり沸点は下がる)。
先に記したDOT規格の“ドライ沸点”は吸湿率が0%、すなわち新品状態の沸点。そして“ウエット沸点”は吸湿率3.7%の時の沸点で、使用状況にもよるが、おおむね1~2年使った状態だ。
そのため国産メーカーでは、2年に1度のブレーキフルードの交換を推奨しており、ブレーキシステムで有名なブレンボは1年毎の交換を奨めている。
混ぜるな危険!?
DOTの沸点を見ると“数字が大きい方が高性能”と感じるかも。じつは時間の流れで見ると、昔はグリコール系のDOT3、次にDOT4が登場。さらにレースなどのハードブレーキによる高温にも対応する、より沸点の高いシリコン系のDOT5が登場した。
ただしグリコール系とシリコン系では、ブレーキシステムのシールやパッキンなどの素材に対する攻撃性が異なるため、個々のバイクのDOT指定を守ることが重要だ。DOT4指定のバイクにDOT5を入れても基本的なブレーキ性能が上がるワケではない。
性能にこだわるならDOT数ではなく、頻繁にブレーキフルードを交換して吸湿の少ない状態を保つ方が効果的だろう。
そして解説が遅くなったが、近年はグリコール系のDOT5.1が登場。これはグリコール系ながらシリコン系のDOT5と同じ規格(沸点)をクリアしたブレーキフルードだ。とはいえ同じDOT5と表記してしまうと、グリコール系とシリコン系を混用する可能性があり、ブレーキシステムのシールを傷めたりサビが発生する危険があるため、誤用を避けるためにグリコール系の方をDOT5.1と表記を変えているのだ。
付着したらスグに水洗い!
主流であるグリコール系のブレーキフルードは、ゴムやプラスチックなどの樹脂系のパーツや塗料を傷める性質がある(これはベースとなるポリエチレングリコールモノエーテルが溶剤としても使われる物質なので致し方ないトコロ)。
なので、もしブレーキフルードが付着してしまったら(マスターカップからわずかに滲んで飛散することがある)、速やかに水で洗い流そう。ポリエチレングリコールモノエーテルは油(オイル)ではなく水溶性なので、パーツクリーナー等を使わなくても、ジャンジャン水で洗い流せば大丈夫なのだ。
2年と言わずに、サーキット走行前は交換を
ちなみにRIDE HI編集長の小川は、サーキット走行前などにブレーキフルードを交換。するとタッチもよくなり、やはりタレにくくなる。特にツインリンクもてぎのようにブレーキを酷使するコースを走る時は、ショップに依頼してでも交換するのがオススメとのことだ。