honda_cbr400rr_20231107_main.jpg
このバイクに注目
HONDA
CBR400RR
1987~1990model

ホンダCBRがRRになった本気度が凄まじい!!!!【このバイクに注目】

ライバル4気筒勢の台頭に、
V4メインとも言っていられない状況に、
老舗ホンダ直4エンジニアが反転の狼煙を上げた!

honda_cbr400rr_20231107_01

1986年、日本製4気筒のリーダーであるホンダで、CBRと呼ばれるようになった直4(RIDE HIでは並列4気筒と区分してきたが、Inline4という呼び方からくる直列4気筒をホンダでは直4と呼ぶことが多い)シリーズが新たな路線を目指しはじめた。
それはAero。フルカウルがボディ一体となったデザインで、いかにも空力特性を追求したフォルムだ。

honda_cbr400rr_20231107_04

ホンダのロードスポーツを総称して与えられるCBは、スポーツ度合いの高いグループとカジュアルスポーツへと分離していく兆しもあったが、一番の大きな変化はVFやVFRのV型4気筒をメインに据えて攻勢をかけてきた流れにあった。

しかしV4にメインストリームを奪われても、直4には直4の進化があるといわんばかりにREVという、中速以下では2バルブ、高回転に移行すると4バルブが稼働する可変バルブを搭載。
これを機にCBRというネーミングがスタートしたのが1984年。

honda_cbr400rr_20231107_03

その後、V4との棲み分けを前提に直4はAero路線となったものの、そのフルカバードされたカウルの下には、レーシングマシン専用テクノロジーだった、カムギアトレーン、DOHCのカムシャフト駆動をチェーンではなくギアを連結して繋ぐ、高回転化を狙った気鋭の手法が採用されていたのだ。

ジェントルなフルカウルを纏っていても、中味は最先端パフォーマンス……直4エンジニアのストレスが溜まっている感じは外部にも伝わっていた。

相次ぐライバルの直4高機能化に、
戦列への復活許可が下り反転攻勢の狼煙がRRだった!

honda_cbr400rr_20231107_02

ライバル3メーカーは400ccですべて4気筒をラインナップ、さらにスズキが250ccで初のDOHC4気筒、ヤマハも250cc4気筒で初の16バルブDOHCと、4ストマルチ(多気筒)で先達だったホンダを越えていく勢い。
ホンダは新世代を象徴するV4をメインに据えていたが、オートバイらしさで直4に心の軸を動かさない層もあることから、Aeroではなく最前線の直4が望まれる状況となったのだ。

honda_cbr400rr_20231107_05

その反転攻勢で1987年に登場したCBR400RRは、カムギアトレーンはもとよりオイルクーラーをオイルフィルターでエンジン冷却と同じ水冷化。
ラジエーターも総アルミでマフラーもサイレンサーを市販車で初のオールアルミ製と、コストを惜しまず注ぎ込み軽量(164kg!)ハイパーマシン化へまっしぐらだった。
アルミの六角断面ツインチューブや、トライアームと呼ばれた補強部材を一体で設計するなど、レーシングマシンでトライを続ける斬新な手法を躊躇なく採り入れていた。

honda_cbr400rr_20231107_06

その迷いのない、王者を意識させるデザインも功を奏して、CBR400RRはライバルへ流れはじめた直4ファンへ歯止めをかけることに成功。
レースでもV4だけでなく、CBRで闘う有力チームも増え、むしろV4勢を蹴散らすまでの流れをつくりはじめていた。

V4とは宿命的なライバル関係に……

honda_cbr400rr_20231107_07

このCBR400RRのスタートダッシュにCBR250RRも同じ路線で追従、ホンダ直4の牙城はゆるぎないものとなったが、オールホンダにとってはメインストリームに据えたV4との関係が混迷を極めはじめていた。

HRCワークスマシンは、750ccから中型F3クラスまでV4を開発、これを反映したV4スーパースポーツ、いやワークスマシンを市販化したRC30が登場したり、RVFと名称から400ccの数値を取り払った市販レーサーのような400ccV4までエスカレートしたのも、社内の直4の強さと好調ぶりへの対抗心に燃えていたのを感じさせた。

honda_cbr400rr_20231107_08

果たしてその行方は……しかし期せずして到来したレプリカブームの終焉で、どちらを勝者とするでもなく鎮静化したのはご存じの通り。
しかしこのまさかの社内ガチンコ勝負で誕生したCBR400RRに注ぎ込まれた情熱で、乗ればわかる全方位に優れたマシンだったのを忘れることはできない。