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このバイクに注目
HONDA
CBR400R/CBR750 SUPER AERO
1986model/1987model

CBRがアンチレプリカのエアロを纏った時代【このバイクに注目】

ホンダの看板4気筒がマイノリティだったレーサーレプリカ全盛時代

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1986年に登場したホンダCBR400R。そのフォルムはカウルから燃料タンク、そしてシートカウルへと途切れなくワンボディで覆われた、レーサーレプリカとは一線を画していた。
そのカバードボディにはAERO(エアロ)のロゴが。

直4(インライン4=並列4気筒)エンジンは、1969年に世界初の量産4気筒を搭載したCB750フォア以来、ホンダの看板も同然のパワーソース。
それが'80年代のホンダ猛攻を牽引してきたV型4気筒、F750(後のスーパーバイク)や世界選手権耐久レースなど市販車ベースのレースを席巻したV4に主力の座を奪われ、地味な存在となりつつあったのが'80年代中盤。

しかしホンダといえば直4だったそれまでを培ってきたエンジニアたちは、このV4全盛の中で存在感を示すべく活路を探り、辿りついたのがこのエアロ・フォルムだったのだ。v

隆盛を極めていたレーサーレプリカのフォルムと一線を画すため、流麗なフォルムはエンジンからフレームも覆い隠し、いかにも空力特性、エアロダイナミクスに基づいた空気の流れを取り込むワンボディのカウルと、その流れを後方で排出へと導くリヤフェンダーに至るまで、コンポーネンツの機能美で構成されるレーシングマシンとの違いを明確にアピールしていた。

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そして翌1987年、このエアロフォルムを纏ったCBR750スーパーエアロがデビュー。
一目瞭然の空力特性追求から生まれたフォルムというデザインは、見た目にも大柄でビッグバイクとしての迫力に満ちていた。

さらにその大きな面積を占めたボディにはハリケーンのロゴも加えられ、曲線、曲面で構成されると刺激の少ないおとなしいキャラクターに誤解されないよう配慮するなど、レーサーレプリカ全盛の真っ只中ならではの、マイノリティとして沈まないよう意を込めていたあたりに、直4が置かれていたポジションを象徴していたといえる。

メカニズムはカムギヤトレーン
最新最高パフォーマンス

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しかしメカニズムはCBR400Rと同様に、最新最高峰のカムギヤトレーン(超高回転域でカムシャフト駆動が通常のチェーンでは正確さに欠けるのをギヤで繋いだレーシングマシン専用とされてきた方式)を採用、覆われて見えなくともフレームから各コンポーネントにもコストを惜しまず最新機能が奢られていた。

覆われて見えないアルミ製ツインチューブのフレームも、レーシングマシンで採用されていた目の字断面という、空洞部分にリブを入れることで強度を高め、車体幅を狭める薄くて強靭なシャシーとしたり、各部のパーツもグレードを高めたレーサーの装備が機能オンリーなのに対し、大人を意識したクオリティへとグレードアップする意欲を感じさせる内容となっていたのだ。

徐々にV4から直4に中心が戻り
CBRはレーサーレプリカの一へ復帰

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そして同じ1987年には、ミニマム4気筒を積んだCBR250Rも同じくワンボディのエアロカウルを纏い、CBRのハリケーン系列ラインナップを構成したのだ。 250cc直4は、遂にレッドゾーンを18,000rpmへと高回転化、4気筒を育んできた技術への執着を感じずにはいられなかった。

ただレーサーレプリカがエスカレートの一途で、さすがにユーザーが追随しにくくなってきたタイミングで、ネイキッドブームへと流れが変わると、このエアロフォルムのレーシーデザインと位置づけを異にする存在感を狙ったコンセプトも影を潜めることになった。

そして再びパフォーマンスの雄として直4が前面に出ることとなり、CBR1000RR-Rへと頂点としてのポジションに復活したのはご存じの通り。
ただエアロフォルムは終焉を迎えたわけではなく、代表的なCBR1100XX、さらにはVFR800系のGTカテゴリー的なスーパースポーツとして成功を収め、その後も進化を遂げているのはさすがホンダというべきだろう。