カムギヤトレーンのパワーユニットで自然体スポーツを目指す!

1989年のカワサキ・ゼファーをきっかけに、カウルのないネイキッドスポーツのブームはひとクラス小さな250ccへと飛び火してきた。
ホンダもライバルたちと同じように、最新レプリカの超高回転域で緻密なバルブ駆動のために生まれたカムギヤトレーンのCBR250RRのDOHC16バルブの4気筒を流用してネイキッドモデルの開発に着手した。

もちろんCBR250RRのエンジン特性は中低速域へと出力をチューン、吸入バルブの開閉時期の変更からバルブリフト量を吸入側で5.9mmから5.2mmに、排気側で5.4mmから5.0mmへ流速を早めることで低速域でのスワール効果を高めている。
吸気と排気のタイミングはオーバーラップをゼロにすることで、エンジン回転数により敏感に変化する排気脈動の影響を抑え、スロットルの開閉に対するリニアリティを向上している。
スペック表記は40ps/14,000rpmと2.4kgm/11,000rpm。

1986年のCBR250Four以来のカムギヤトレーンは、通常で見られる2気筒間のセンターではなく3番と4番シリンダーの間に配置、1次減速の駆動ギアを受けるクラッチ側のドリブンギアからカムの駆動を取り出しDOHCへ伝える変則レイアウトも踏襲して左右幅から前後サイズまでコンパクト化を受け継いでいる。 その結果、シリンダーピッチも206mmしかなく、ミッションの配列も軸位置を互い違いとして全長を詰めるなど、全長が419mmで全幅も596mmしかない、まさにレーシングエンジンと呼べる高度な構成だ。

JADEと名づけた伝統のCBで呼ばないネイキッドスポーツのコンセプトは、1987年にBROSとSPADA、さらに1988年にCB-1でレプリカブームの渦中から模索した経験から「自然体スポーツ」がキーワードとなった。
具体的には1.シンプルなキャラクターとリッチな面構成、2.デザイナーの主張を極力抑えた各パーツ類のデザイン、3.ダークで高級感のあるモノトーンカラーやシンプルなグラフィックが似合うデザインを標榜。
気づかれたように、難しい要求に応えた絶妙なフューエルタンク形状は、1981年に世紀の大ヒットとなったCBX400Fをベースにモノトーンとしたデザインだった。



デビュー時の広告展開は、ツーリングをイメージさせながら「旅バイク」は強調せず、多くのライダーへ向けたホンダのハイエンドメカニズムを親近感のあるエリアへ位置づけた、かなり漠然とした展開だった。

その反応の薄さから「赤い」スポーツ性を感じさせる車体色を4ヶ月後に加えるほど、曖昧でシンプルに過ぎたコンセプトへの修正がはじまった。

翌1992年モデルからはタンクやサイドカバーを塗り分けたツートンとしたり、エンジンもスポーツ性を強調すると思われていたダークな塗装へと変更された。
メーターも2連のタコメーターを含め大径化するなど、クオリティアップもアピールしていた。

しかしこうしたかなりのイメージチェンジにもマーケットは反応せず、むしろ迷走で渾沌とした様子がイメージダウンに繋がると判断。
翌年の1993年モデルでは、シンプルなコンセプトへ戻し、燃料タンクのHONDAロゴよりもJADEの車名ロゴのほうを大きくして、割り切った雰囲気を醸し出していた。



とはいえ初期型の生産台数もあって、現在も中古車市場でみかけることの多いJADE。
なかにはそのタンク形状からCBX400Fのグラフィックへ全塗装するユーザーもいて、250ccでは人気の機種として存在感あるバイクだ。



