既にF3レースへワークス参戦していたZX-4が、実はほぼレプリカ仕様だったのを超レーシーフォルムに変えさらなるチューンで徹底抗戦スタート!

1989年、カワサキはそれまで貫いてきたレーサーレプリカ路線に否定的だった姿勢を覆し、ZXR750を皮切りにZXR400とZXR250と、瞬く間にレプリカモデルを取揃え大反撃を開始した。
実は前年の1988年にデビューしたZX-4が、フォルムこそスーパースポーツ然として他のレーサーレプリカに迎合していなかったが、その開発意図はF3レース出場を前提とした過激なレプリカだったのだ。
そしてF3レースへ参戦していたワークスマシンの仕様、例えばカウルのスクリーン近くの蛇腹ホースに結ばれた吸気口が、ラム圧をキャブに与えるインレット(K-CAS)だったり、レース専用と思われていた倒立フォークを初めて奢ったりと、2眼ヘッドライトやライムグリーンのグラフィックまで超々レーシーなフォルムを纏っていた。


エンジンはシリンダー前傾25°のZX4のヘッドまわりを挿げ替えたハイチューン、57×39mmの398ccで59PS/12,000rpmと4.0kgm/10,000rpmとライバルと肩を並べる自主規制値上限ではあるものの、レブリミットを14,750rpmまで引き上げ(レッドゾーンは14,500rpm表示)回せば回すほどピークパワーを感じられる尖った性能曲線としている。
そのためクランクウェブも慣性マスを低減する小型軽量化され、ダウンドラフトキャブは楕円状のメインボアをφ32mmへ大径化、ラジエーター下には大型オイルクーラーが加えられていた。
フレームもZX-4のアルミツインチューブのe-BOXをベースに各部で高剛性化をはかり、スイングアームはスタビライザーで補強したタイプ。
またカワサキ・カラーのライムグリーンに加え、黒一色やブルーにレッドのグラフィック仕様と、レプリカにスーパースポーツの位置づけをオーバーラップさせるカワサキの戦略を窺い知れるラインナップが居並んだのだ。


また同時にF3レースへ参戦しようとするユーザーを意識して、ミッションをサーキット走行向けにクロスレシオ化、シートカウルもシングルシートのFRP製と徹底サポートしたSP仕様のZXR400Rを、デビュー時から用意する周到ぶり。
そんなヤルとなったら、なりふり構わず真一文字なカワサキを象徴していたのがフランスでの広告展開。
壁に狩猟家のハンティングトロフィーを模した動物の頭部剥製(はくせい)のようなライバルマシンのフロントを並べ、フランス語で「ダビデとゴリアテの物語を知ってますか?」とキャッチコピーを添えていた。
「ダビデとゴリアテ」とは旧約聖書の有名な物語で、圧倒的な体格差と武力を持つ巨人兵士ゴリアテに対し、小さな羊飼いの少年ダビデが「投石器」ひとつで立ち向かい、見事勝利を収めるという劇的な下克上のストーリー。
耐久レースを制してきたフランスカワサキらしい、後発で規模は大メーカーに及ばずともカワサキは瞬く間にライバルを叩きのめす宣戦布告だったのだ。



そして1991年、ZXR400はアルミ引き抜き材からプレス材のテーパー形状へと新設計したツインチューブフレームと、目立たないもののフルモデルチェンジといえるベースから見直す改良を実施。
全日本ロードレースへ参戦したフィードバックともいえる2kgの軽量化と剛性アップに加え、スイングアームもKIS-ARMのテーパー型プロファイルとして10mm延長、ヘッドライトをシングルレンズ・ツインバルブのスラントノーズへとアッパーカウルのデザインも変更した。

1993年からは新たな馬力規制へ対応、SP仕様も市販車として破格な豪華装備を奢るなど、レプリカ終焉に各メーカーが手を引くなか、1999年モデルまでイヤーモデルを存続リリースする最後まで勝ちを狙い続けていたのだ。



