III型(GJ21)でエンジンとハンドリングの戦闘力を大幅アップ!

1983年、スズキは250ccクラスに衝撃的なマシン、RG250Γ(ガンマ)をリリース。
レーシングマシンそのままのフォルムをしたカウルを纏い、何とGPマシン専用だったアルミフレームを採用していたのだ。
それだけではない、GPレース最先端の前輪に小径16インチを履き、上下から作動する路面追従性に優位なフルフローターサスペンションを装備、量産車ではあり得なかった完全セパレートハンドル、そしてサス調整ができるプリロード・アジャスター等々、当時のビッグバイクでさえ装着されてなかった、贅沢な装備を満載していた。

しかしこのRG250Γが刺激したことで、2スト250ccはライバルメーカーがレーシングレプリカで競う激戦区となった。
それはレプリカ(複製)という域を越え、市販車開発をレーシングマシン開発と一緒に進めるところまでエスカレート、毎年モデルチェンジを繰り返すまさに戦場と化したのだ。
迎え撃つスズキも、カウルのフロントをスラントさせフレーム強度からエンジン特性までチューンを加えたII型で応戦、そして1985年にはIII型をリリースした。

まず一番の特徴は、世界GPの250ccクラスで挑戦がはじまったばかりの後輪手前までアンダーカウルが伸びたエアロダイナミクスを追求したフォルム。
ホイールベースは1,385mm→1,355mmとコンパクト化、リヤサスを従来のアッパーリンクを廃しボトムリンクに偏心カムを介した、E-フルフローターと呼ぶより2次曲線的なレシオで高荷重と追従性を高めた仕様としていた。
アルミフレームも四隅にリブを持つ軽量で剛性のある素材で、アライメントをクイック且つ戦闘力のある旋回性能を狙った設定へと変更。
エンジンはボア54mm×ストローク54mmの並列ツインと構成は同じだが、排気ポートの直後に低回転域では設けたサブチャンバーに導き脈動を活かすSAECの装備に加え、吸気を連結して負圧を充塡効率アップに利用するなど、世界GPのRGΓ開発で得たノウハウを注ぎ込んでいた。
リードバルブ吸気で45ps/8.500rpm、3.8kgm/8.000rpmと、自主規制値上限スペックで表示は変わらないが、乗った途端にわかるレスポンスの力強さはクラス最強のピークパワーとトラクションが強大な中速域を武器としていた。
しかし車重はハーフカウル仕様で128kg(乾燥)と僅か1kg増xでしかない。




またRG250Γではドイツの煙草ブランドHB(ハーベー)の世界GPスポンサーカラーが好評だったが、III型でも全日本選手権のウォルターウルフ・カラーが継続採用され 人気の的だった。

そんなIII型も'87年モデルで後輪を18インチから17インチ化する、このクラスのライバルたちと共通の仕様へと揃えていたが、実は水面下でV型ツインの開発が進んでいて、1988年にはRGV250Γとしてデビューすることになった。


しかし初代のRG250Γ開発時にエンジニアが口にした「世界GPを闘うのと市販車も同じ気持ちなんです」という職人魂が、この並列ツインの3世代には脈々と流れていた。
それは各世代で新しくなる度に、驚くほどの進化を乗り手に感じさせるインパクトでも明白で、やや足らないと思わせていた部分を拡充していく大胆で緻密な姿勢がいかにもスズキらしかった。
III型はやや目立ちにくい存在だったが、気配りを感じさせる熟成度では高度なモノを漂わせていたのは間違いない。



