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アフリカ戦線で怖れられた特別な存在、
’80年代のパリダカでボクサーが甦る
いまラインナップにアドベンチャー系の車種を揃えるのがバイクメーカーのトレンド。それもビッグバイクだけでなく、ミドルクラスまで波及するほどの大流行だ。 このアドベンチャー系の源流が、水平対向2気筒のボクサーエンジンを搭載したBMWのGSシリーズなのをご存じだろうか。
それは40年以上も前、1979年に第1回が開催された『パリ・ダカール』ラリー。アフリカの砂漠を走るシーンでお馴染となったこの過酷なラリーには、様々な四輪駆動車をはじめ二輪車もチャレンジ、ただその主流は大排気量の単気筒オフロードモデルがベースで、そこへ参画したBMWボクサーが常識的に場違いと見られていたのは間違いない。
ところが1981年の第3回で、フランス人のユーベル・オリオール選手が優勝、彼は次いで1983年にも優勝を遂げ、BMWは本格的なチャレンジを開始。1984~85年とワークスチームでガストン・ライエ選手が2年連続優勝を遂げ、パリダカといえばBMWボクサーGSがイメージされるまでになったのだ。
実は1977年からオフロードスポーツシーンへの返り咲きを、ドイツ選手権でスタートするなど伏線はあったが、そもそも悪路に強いボクサーのいわば“血統”がベースにあったからにほかならない。
Vol.2でもお伝えしたように、第二次大戦で連合軍がドイツ軍のBMWボクサーに砂漠で手を焼き、各国でコピーバイクがつくられるほど、厳しい条件下では水平対向2気筒のボクサーとシャフトドライブの構成は強みを発揮していた。
パリダカではこの眠っていたポテンシャルが目覚めたということだが、ほとんどの人にとって柔和なツーリングバイクの位置づけとなっていたBMWボクサーの、このいかにもサバイバルな逞しさを伴っての復活は、とりわけアメリカのツーリングファンには大きな刺激となったようだ。
道なき道を走る、泥まみれなその姿にタフネスぶりをオーバーラップさせるGSファンが急増。様々な武骨で大きなケースを特注したり、アメリカでは大きくなるいっぽうの四輪駆動車と同じく、ワイルドで無敵を思わせる仕様へとマーケットは進化していった。
R1250GS 2021年
パリダカールラリー以来、40年の歴史を刻んできたボクサーGS。最新現行車は数々の電子制御や可変カムなど、さらに先鋭化する進化を重ねてアドベンチャー系をラインナップするライバルの追走を許さない
モトクロスのチャンピオン、ベルギーのガストンライエは1984年と1985年の2年連続でBMWワークスGSでパリダカを制した
R80G/S 1980年
1980年、ボクサーの市販車に初めてGSが加わる。初期はGSではなくG/Sと呼ばれた
R80G/S PARIS-DAKAR 1984年
1984年、パリダカでの活躍をアピールした、燃料タンクを大容量化した限定車がデビュー
BMWのベストセラーは常にGS、
サバイバル大好きなアメリカでツアラーのスタイルを変えてしまう人気
パリダカのイメージでもある大容量の燃料タンクなど、新しくなるほどにコンパクト化されていくスポーツバイクの潮流とは逆行するかのように、BMWボクサーGSは巨大化していくのがトレンドの、まったくの別世界を構築しはじめていた。
それはアメリカで次第にブームにまで拡大、BMWモーターサイクルの全販売台数のトップが何とボクサーGSということになり、それが延々と続くまでになったのである。
これはアメリカのツーリングバイクの価値観を根底からひっくり返した。長距離ツアラーは快適でラグジュアリーな装備と相場が決まっていたのが、マッチョなイメージで重装備のボクサーGSに、大きなスクリーンを装着してアップライトポジションで走るほうがカッコいいという新しいスタイルを生み出したのだ。
呼応してボクサーの新型が発表される度にGSは巨大化していった。それはルックスだけではない。スロットルひと捻りで、低回転域からのけぞるようなウルトラ強力なダッシュ力も、GS使いと呼ばれるファンの期待に応えて、益々ワイルドさを増していった。
とくに最新R1250系で採用された低速用と高速用で切り替わる可変カムは、そうした実用域での醍醐味アップを目的としているのが明確だ。
このGSでワイルドさを優先した新世代ボクサーのエンジンキャラクターは、当然ながらツーリングスポーツのRSやツアラーのRT、そしてロードスターのRにも反映され、結果的にボクサーに乗り続けてきたベテランライダーの買い替え需要も加速させることとなっている。
R100GS PARIS-DAKAR 1989年
1987年、当時のボクサー最大排気量R100にもGSがラインナップされ、1989年にはパリダカさながらの34リッター大容量タンクの限定モデルが生産された
R1100GS 1994年
1993年からSOHCのまったく新しい世代となったボクサーにも翌年からGSがラインナップされた
R1150GS ADVENTURE 2002年
Rシリーズのボクサーが1150となってからGSにより重装備を標準としたアドベンチャーモデルが加わった。アメリカでユーザーが新車を購入するとき、こぞって最初から装備するケースなどを組み込んている
フェイルセイフ(安全性)の進化が
パフォーマンスの進化を止めないBMWフィロソフィー
あまり意識をされたことはないかも知れないが、BMWはモーターサイクルでもっとも早い時期から電子制御を開発してきたメーカーだ。
きっかけはボクサーの代替として開発した水冷DOHC直列4気筒のKシリーズで必須だった燃料噴射システム。さらに大型バイクの高性能化で、高速道路の追突事故多発からの危機感で二輪車で初の実用化を果たしたABSアンチロックブレーキも真っ先に開発していたのだ。
それはいまやエンジンのマネージメントからライディングモードへの展開はもちろん、6軸センサーによるサスペンションのアクティブ化から旋回時のABSにまで及んでいる。
万一のリカバリーをするフェイルセイフ機能は、ハイパフォーマンス化を追いかけながら追従するイメージがあるかも知れない。
しかしBMWはこのふたつがセットで開発をされてきた。誤解をおそれずに言うと、フェイルセイフ機能が高度なだけ、パフォーマンスも「やんちゃ」さを楽しめてしまうエンターテインメント性も抜群に高い。
ワイルドなエンジン特性で醍醐味を楽しませて、それがリスクの域を冒さないようリカバリー能力の開発を重視する……
アドベンチャー系のリーダーであるボクサーGSが歩んできた、モーターサイクルライフを大人のアクティビティとしての健全性を失わせないBMWのフィロソフィー。
ボクサーはノスタルジックな意味で生き長らえてきたのではない。
1923年のR32でマックス・フリッツが礎を築き、100年になろうとしている縦置き水平対向2気筒ボクサーが持ち続けてきた可能性は、さらに輝きを増して進化を続けていくことだろう。
R nineT Urban G/S 2021年
R1200でDOHC化と部分水冷化されたものの、空冷世代もR nineTシリーズとして継続生産されている。G/Sもこのモデルやスクランブルタイプもラインナップされている
GS ラインナップ
ボクサーに限らずいまやBMWモーターサイクルの中で大きな一を占めるGSモデル。最小のGシリーズからツインのFに新旧のRと幅広く用意されている。写真はブラック×イエローの40周年記念車