リヤブレーキは効かないから使わない、
そんなことを豪語していたらかなり後れてるライダーだ

MotoGPマシンがピット前で後輪を高々と持ち上げて止まったり、コーナーへの進入でフルブレーキングしている映像でリヤタイヤが路面から離れているシーンをよく見る。
猛烈に効くフロントブレーキの強大なストッピングパワーで、車重とライダーの体重すべてが前輪側へ載ってしまい、後輪は路面に接していることすらできない。
そんな状況でリヤブレーキをかけても無意味に思える。
「リヤブレーキ? 効かないからフロントしかかけない」ベテランやレース経験者にそんな風に言われたら信じるに違いない。
確かにリヤブレーキは足応えが曖昧で掴みにくく、ちょっと強く踏むとABS装着車はカクカクッと小刻みに緩んで制動力は期待できないし、ABSがなければ簡単に後輪がロックして肝を冷やす。
速いプロクラスがそう言うなら、扱いづらいリヤブレーキは使わないでおこうと思ってしまっても不思議はない。

ところが実際のMotoGPでは、なんとリヤブレーキを使いまくりなのだ。
それを象徴しているのがサム(Thumb=親指)ブレーキ。ハンドル左のクラッチレバー下にもうひとつレバーを追加、左の親指で押して使うリヤブレーキ用の装置をそう呼んでいる。
これは右コーナーで深くバンクしている状態だと、ブーツが路面を擦ってしまいリヤブレーキのペダルを踏めない状況に対し、このハンドル左の基部にあるレバーでリヤブレーキをかけようというもの。
既にほとんどのマシンに、ブレーキペダルを踏まなくてもリヤブレーキをかけられるこの仕組みが使われているのだ。

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2017年のアンドレア・ドヴィツィオーゾが駆るドゥカティのマシンにはご覧のサムブレーキが装着されていた

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ドヴィツィオーゾと開発したサムブレーキは多くのシーンで積極活用するためコントロールに幅のある長いレバーを使う

きっかけは大怪我でリヤブレーキが踏めないミック・ドゥーハンに、
左手で使えるブレーキレバーを開発したのがはじまり

実はこのサム(親指)ブレーキ、開発されたそもそもの目的は全く異なる理由からだった。
それは1992年、世界GP(2ストローク500ccマシンが頂点クラスだった)のオランダはアッセンTTで、NSR500を駆るオーストラリアのミック・ドゥーハンが公式予選中に大転倒を喫し一時は右足を切断する必要があるといわれるほどの重症を負った。この後遺症でリヤブレーキ操作が難しくなったドゥーハンと、世界のトップブレーキメーカーのブレンボが、左親指で操作できるこのサムブレーキを共同開発したのだ。
不屈のミック・ドゥーハンは、このサムブレーキを使いこなし1994~1998年まで5年連続でライバルを寄せ付けない圧勝で世界タイトルを連続して獲得。彼はこの経験から、マシンの設定を不測の挙動にもライダーの対応が間に合う安定した扱いやすさを最優先する考え方を貫き、絶対的王者に君臨し続けてレーシングマシン開発に大きな影響を与えてきた。

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1994年から5年連続で他を寄せつけなかったミック・ドゥーハンとNSR500。大事故で扱いやすさの大事さを学んで君臨した王座だった

右コーナーでリヤブレーキを使えるだけでなく、
様々なシーンでバランスをとれるリヤブレーキを活用

時は過ぎて2017年、ドゥカティのアンドレア・ドヴィツィオーゾは最強王者マルク・マルケスと接戦を演じ続け、3シーズンを連続してランキング2位のパフォーマンスをみせたが、このとき彼のパフォーマンスに大きく貢献したサムブレーキも、ブレンボとの共同開発によるものだった。彼は右コーナーのブレーキングだけでなく、ウエットコンディションやコーナー脱出時の後輪制御にもサムブレーキによるリヤブレーキのコントロールを積極的に活用していたのだ。

そしていまやMotoGPでは、ほとんどのライダーがサムブレーキ、もしくはクラッチレバーの上に引いて操作するリヤブレーキレバーを装着し、コーナーへの減速から様々なシーンで後輪の動きを制御する。レース中にライダー側から撮影した中継映像でも、リヤブレーキを使いまくっているのを確認することができる。どうせ効かないから、リヤブレーキは使わない、などと宣うプロは皆無だ。

ましてや一般公道でのブレーキングで、リヤブレーキが不要というのは単に正しい操作ができない言い訳に過ぎない。回転している後輪を、路面とのグリップ以前に回転速度を落とすだけでも安定した減速に貢献する。
RIDE LECTUREでリヤブレーキの扱い方のコツを掴めば、前のめりも少なく安定した前後ブレーキで余裕の減速が可能になる。
それこそドヴィツィオーゾのように、ウエットのコーナリングスロットルを開けるタイミングでリヤブレーキを少しかけておき、ここぞのタイミングでブレーキを解放してピッチングなどギクシャクしない旋回加速で、自信たっぷりのテクニックを駆使できるカッコいいライダーを目指そうではないか!

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圧倒的強さのマルケスに、コーナーのテクニカルな組み立てを駆使して何度も逆転をみせたドヴィツィオーゾ。リヤブレーキの積極活用も功を奏していた

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クラッチレバーの上にハンドリヤブレーキ。親指でプッシュする操作ではなく、スクーターのように左レバーでリヤブレーキを操作する

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ヤマハのYZR-M1(2020モデル)にも他と同じようにハンドリヤブレーキが装着されている