水冷XZ400やSRX400の狭間で2気筒の位置づけにチャレンジ!
ヤマハは1980年代に入ると、XJ400の4気筒をはじめSR単気筒、XVのVツインから水冷DOHCツインのXZ400、さらにはシングルスポーツでSRX400/600と、スポーツバイクのエンジン選択肢が際限なく拡がっていた。
そんな中、それまで最もメジャーな250/400クラスで主役を務めてきた空冷パラレル(並列)ツインを、無用とするのか生き存えるバリューを見出すのか、そうした検討を経てヤマハは従来通りの中庸としての存在の必要性と、新しさをアピールできるテクノロジーとデザインでチャレンジすることとしたのだ。
1982年にリリースされたXS400/250は、シリンダー背面にジェネレーターを搭載するXJシリーズ譲りのナロウなエンジン幅と、そのエンジンを車体構成の一部にしたダウンチューブを持たないダイアモンドフレームとし、リヤサスをモトクロスからロードレースまでヤマハの強みとなっていたモノクロス方式という、これまでのコンサバな2気筒とは一線を画したレイアウトとデザインを纏っていた。
エンジンはボア69mm×ストローク53.4mmの399cc。空冷DOHCで45PS/9,500rpmと自主規制上限を発揮、最大トルクも3.5kgm/8,000rpmとパフォーマンスは充分。
フレームにプレス鋼板をステアリングヘッド部分に持つこれまでにない構成で、車重が乾燥で169kgと軽量に収まっていたのだ。
そしてこの同じ系統には、アメリカを中心に需要が高まっていたアメリカン・タイプの「Special」も同様の構成とデザインでラインナップに加えられていた。
250は個性と中庸感がバランスして注目度も高かった!
400とペア開発されたXS250は、400ccクラスと違いエンジンの選択肢もそこまで多くないこともあって、中庸を求めるユーザーが多いため、エンジンから車体まで全体の構成に新しさが目立つことから注目度は高かった。
カラーリングも250ユーザーがオトナ度が高い感性を求めるのに呼応し、シンプルでスタイリッシュなモノトーン、もしくは明るく爽やかでカジュアルな塗り分けが選ばれていた。
また1984年にはミニカウルをマウントしたXS250Sもラインナップに加えられた。
250ccにはそれこそRZ250もあるヤマハだけに、大きなシェアとはならなかったが、ヤマハファンを自認する層には他メーカーとの違いも明確で好評だった。
XS400から、ボア56mm×ストローク50.6mmまで縮小した249ccで、空冷DOHCは33PS/10,500rpmと最大トルク2.3kgm/9,500rpmのパフォーマンス。
乾燥重量166kgの軽量な車体は、適度に安定した穏やかなハンドリングで、幅広いライダーに乗りやすい設定としていた。
このデザインとカラーリングのイメージは、水冷DOHCでVツインの斬新なXZ400と同じ感性にまとまっていたが、XS400と共に人気車種とはならなかったため、一般的にはこのXS250独自のデザインとして認知されている。