img_article_detail_01

Q.年配ライダーが悩むいつまで乗れる?【教えてネモケン105】

oshiete-nemoken_105_20220624_main.jpg

年甲斐もなく立ちゴケをしてしまいました。足を出すタイミングが遅れただけですが、この対応の遅れにいつまでバイクに乗れるのかと不安になりました。大先輩の根本さんはそんな風に思ったことありませんか?

A.走り出したら直後にクラッチを切り、バランス感覚を呼び覚ましアレコレ探りながらウォームアップしています

楽しいけれどビビる気持ちは常にある

oshiete-nemoken_105_20220624_01

立ちゴケですか……実は最近ボクも立ちゴケしてしまいました。発進しようとしたとき、ちょっと声をかけられたのに振り返った途端、足が空を切り敢えなくバタンでした。仰るように年齢による反射神経の鈍さなのかも知れませんが、そうとも言い切れない気がします。
これまでのバイク人生で、情けなくも立ちゴケの回数は数えきれません。若いときだろうが、不慣れなバイクだとちょっとしたタイミングのズレでやってしまうこともありました。
もちろんボクとて反射神経が年齢と共に衰えていくのを意識しないワケではありません。むしろ、それを感じる頻度も増えています。だからこそ、長く乗り続けるために、自分に言い聞かせて励行していることがいくつもあります。
まず乗る前に身体をほぐします。とくに手足を準備運動で伸ばすようにしています。コロナ禍でこのところ難しくなってしまいましたが、コロナ禍以前は日常的に週に一度はプールで泳ぎ、年齢を加えると陥りやすい手足の可動範囲が狭まらないよう、大きく手足を動かしていました。
そして走りだすとき、短い半クラッチでスッと離陸?した途端、直後にクラッチを切ってバイクとバランスが取れているか、自分で一瞬確認をしてから加速なり次のアクションに移ります。
さらに最初の小さな四つ角も、小さく小回りしながら中間点ではクラッチを切って、クルリとターンするような走りで曲がります。
これはボクのように乗る頻度の高い場合でも、身体の中の長年培ったバイクを操る感覚を呼び覚ますためで、何となくダラダラと走りだしてしまうと、その先でちょっとしたバランスを欠いた状態に陥ったとき、その日のライディングに一抹の不安を携えてしまうからです……大袈裟に聞こえるかも知れませんが、それほどボクは天才でもありませんし、心底長く乗り続けたいので、良い加減ではいられないからです。
なので、ツーリングへ出掛ける最初の10分ほどは必ずこのウォームアップを励行します。
その後の各操作も、ギクシャクしないよう細心の注意を払います。丁寧に乗りながら、これは衰えを防ぐのではなく、もっとうまく乗りたいと思う気持ちを持ち続けるようにしています。弊社のイベントのBIKE GATHERINGでも、バイクに乗っているのが楽しくて仕方ないのですが、その嬉しさについはしゃいでしまわないよう、喜びをグッと胸に収めながら慎重に走っています。
正直いうと動態視力も落ちていますし、夕方など遠くが見えにくくなっています。これは受け容れるべきで、そこを無視して若かりし頃の勢いで走ったら、いつかしっぺ返しを食らうに違いありません。
ペースが上がってくると、というより慣れてくると、湧き出てくる昔の感覚に戻ってしまいやすく、そこは常に自分へ言い聞かせながら走っています。

折りに触れ衰えを自覚したチャンスを戒めと努力へ振り向ける

oshiete-nemoken_105_20220624_02

2015年まで続けていたデイトナのAHRMA(ビンテージ)レースのスタートで、半クラッチから全力加速になったとき、いきなりボーッとして慌てたことがありました。ボクとてローギヤでの全力加速など、普段の試乗でもまず経験していません。そのためローギヤで全力加速したときに、加速Gで意識が遠のくなど想像もしてませんでした。これが年齢と共に顕著になるんですネ。そこでローギヤでの全力加速に耐えられるにはどうしたら良いか、体勢を色々試して上半身を伏せ気味にすると難を逃れるのを発見し、以来スタートでは顔を下へ向け上目遣いでダッシュする方法を採るようになりました。このときは正直ショックでしたが、80歳を越えるAHRMAの大先輩たちから、長く乗りたいのだったら、家族や仲間に心配させないよう絶対に事故ってはいけないと諭されたこともあり、こうした気付きが現在もまだバイクに楽しく乗れている自分がいるのだと強く意識し続けてきました。
バイクは楽しみのために乗るのですから、あまり過剰に精神論へ走るのもどうかと思うのですが、漫然と走り続けて乗れる環境を失わないよう努力することは必要だと思います。
それと、こうした色々大切にしながら乗ってきた効果で、ボクは今でもうまくなれているのを実感しています。丁寧に乗ろうとすればするほど、まだまだと思える部分がみつかり、そこでの努力が功を奏するからです。
もちろん、いつか降りなくてはならない日も必ずやってくるでしょう。それをどこで判断するか、まだその境地にはほど遠く、皆さんへアドバイスできる立場にはありません。でもきっと何かで悟るのでしょうネ……それまでは努力を続けようと思います。

Words:根本 健 Photos:長谷川 徹,真弓悟史