スーパーベローチェ800の国内導入が始まって約1年。エンジンを中心に早くもアップデートが進み、ユーロ5をクリアした最新型が上陸した。熟成されたそのフィーリングをお届けしよう。
スーパーベローチェ800が日本に導入されたのは、2020年秋のことだ。そのスタイルは他の何にも似ておらず、「レトロスタイルのスーパースポーツ」という新しいジャンルを切り開くことになった。
世界的なコロナ禍の中で当初の予定より上陸が遅れたものの、この時のモデルは2020年型という扱いである。MVアグスタ伝統のアゴレッド/アゴシルバーの他、メタリックカーボンブラック/メタリックダークグレーの2色で展開され、オーダーは瞬く間に集まった。
それから約1年が経過した今、目の前には鮮烈なパールメタリックイエローを纏ったスーパーベローチェがある。年式で言えば2021年型なのだが、単に新色が追加されたわけではない。目ざといファンは、例えばマフラー形状の変更に気づくはずだ。エンド部分が円形だった2020年型とは異なり、異形のスクエア状にカットされているところが新しい。つまり、ブランニューモデルが登場した翌年に、早くもなんらかの手が加えられたということだ。
それを大まかに列挙しておくと、エンジンの内部パーツ、吸排気系、フレーム剛性、ギヤボックス、電装と多岐に渡る。もっとも、これで価格据え置きなら2020年型のオーナーは心穏やかにいられないだろうが、249万7000円(アゴレッド/アゴシルバー)だった価格は286万円に上昇。ひと足早くリーズナブルな価格で手に入れられたオーナーと(アロー製3本出しマフラーが付属するキャンペーンも実施されていた)、イニシャルコストが上がった分、着実なアップデートが体感できるオーナーという、双方納得の落としどころだと思う。
それにしても艶やかで美しいデザインだ。元来イエロー系の塗装で深みを出すのは難しい。多くは軽々しいたたずまいになりがちなのだが、このモデルに安普請なところはない。燃料タンクのエッジ部分などは陰影が一層際立ち、実に有機的だ。
ユーロ5への対応を済ませた2021年型。エンジン内部には新素材のタペット、DLCコーティングを施したチタンバルブガイドなどが採用された他、マニホールドからマフラーに至る吸排気系の設計も見直されている。また、インジェクターも一新され、スムーズなエンジン特性に貢献。全回転域でリニアな過渡特性がもたらされることになった。電子デバイスには、エンジンモード/トラクションコントロール/コーナリングABS/ローンチコントロール/フロントリフトコントロール/クルーズコントロール/クイックシフトを搭載する
スーパーベローチェの美点のひとつが、無理のないライディングポジションだ。F3シリーズとは基本的に同系ながら、ハンドルはやや高く、手前にセット。よりコンパクトな位置関係にそれはあり、前傾姿勢はイメージほどキツくはない。また、シート座面がよりフラットなことや、2021年型のサスペンションはソフト方向にリセッティングされたことも手伝って、足着き性も良好だ。ハンドルの切れ角こそ少ないが、それ以外は気負うことなくまたがり、走り出すことができる。
カメラマンの前を往復する撮影にはUターンがつきもので、つまり極低回転域での微妙なクラッチ操作を要する。スロットル微開域を多用した時、初期型はエンジン回転数がやや不安定になることがあったのだが、2021年型にその症状は見られず、スムーズになっている。クラッチレバーの操作力は軽い方ではないため、こうした熟成は誰にとってもメリットとして感じられるはずだ。
そこからペースを上げ、ワインディングのコーナーをクリアしていく時の一体感こそが、このモデルの真骨頂だ。タイヤから伝わる接地感の高さはMVアグスタの全ラインナップ中、随一のもので、とりわけフロントはちょっとやそっとでは破綻しそうにないほどのスタビリティを発揮。車体をリーンさせる時の手応えは軽いにもかかわらず、タイヤ自体は路面に張りついているかのようなライントレース性が心地いい。
サスペンションのリセッティングによる姿勢変化は分かりやすく、流すような速度域でも身体と車体が馴染んでいく感覚を堪能することができる。600ccのミドルスーパースポーツほど高回転に頼る必要もなく、1,000ccのリッタースーパースポーツほど持て余すこともない、なにからなにまでちょうどいい存在が800ccという排気量であり、3気筒ならではのトルク感だ。そして、それらがもっともバランスしているのがスーパーベローチェである。
もちろん、147hp/13,000rpmの最高出力と173kgの車重(乾燥重量)がもたらすパフォーマンスは伊達ではない。そのため、電子デバイスのアップデートにも余念がなく、e-Novia社のIMUが車体姿勢と加速度を検知してリスキーな挙動を抑制。トラクションコントロール、フロントリフトコントロール、コーナリングABS、さらにはローンチコントロールの作動に反映されていく。
RACE/SPORT/RAIN/CUSTOMといったエンジンモードも設定され、シフトアップとダウンに対応するクイックシフターは、2020年型の「EAS2.1」から「EAS3.0」へと進化。体感できるような荷重域に持ち込むことはできなかったが、フレームのアルミプレート部分は縦剛性とねじれ剛性が引き上げられるなど、きめ細やかな改良が隅々にまで及んでいる。
今回スーパーベローチェにあらためてたっぷりと乗り、そこにある日常性と非日常性のバランスに感心させられることになった。エンジンの動力性能やハンドリングはギリギリ、フレンドリーと表現できる範疇にありながら、山間に響き渡るサウンドやレーシングクラシックと呼ばれるデザインによって俄然ヒロイックな世界へ入り込めるからだ。
一般的なスーパースポーツなら、それがミドルクラスであれ、リッタークラスであれ、常に周囲のライバルが気になるはずだ。パワーの差、電子デバイスの優劣、レースでの勝負……と比較する項目はいくらでもあり、モデルイヤーが進めばその差がさらに顕著になる。しかしながら、スーパーベローチェにはそうしたヒエラルキーがない。オーナーになればただ純粋にライディングを楽しみ、スタイルを愛でることができるに違いない。その孤高感こそが、このモデルの魅力である。
2020年型と2021年型の外観上の変更点がマフラーエンド部分のデザインだ。丸パイプからスクエア状のスラッシュカットになり、アグレッシブさが一層際立つことになった
リヤサスペンションはザックスのリンク式モノショック。フロントとともにリセッティングが施され、路面追従性とギャップの吸収性が向上している
フロントサスペンションはマルゾッキのφ43mm倒立フォークを採用。右側で伸び側、左側で圧縮側の減衰力を受け持つ、独立タイプとなる
フロントブレーキにはブレンボの4ピストンラジアルマウントキャリパーを装備。ABSはコンチネンタルのシステムで制御され、IMUと連動させることによってコーナリング中の速度調整がよりコントローラブルなものになっている
メーターには5インチのフルカラーTFTディスプレイを採用し、美しいグラフィックによる高い視認性が確保されている。各種情報の切り換えや選択は、ハンドル左側のボタンで操作できる他、専用のアプリと連動させることによって、通話やメールの受信、音楽再生などを楽しむことが可能だ
デフォルト設定されたエンジンモードの他、マッピングはユーザーの好みによってカスタマイズすることができる。その項目は、GAS SENSITIVITY(スロットルコントロール感度)/MAX TORQUE ENGINE(最大エンジントルク)/ENGINE BRAKE(エンジンブレーキレベル)/ENGINE RESPONSE(エンジンレスポンス)/RPM LIMITER(エンジン回転数リミッター)/QUICK SHIFT(クイックシフト)と多岐に渡る
SPEC
- 総排気量
- 798cc
- ボア×ストローク
- 79×54.3mm
- 圧縮比
- 13.3対1
- 最高出力
- 108kW(147hp)/13,000rpm
- 最大トルク
- 88Nm(8.98kg・m)/10,100rpm
- 変速機
- 6速
- フレーム
- スチールトレリス
- 車両重量
- 173kg
- サスペンション
- F=テレスコピックφ43mm倒立
R=片持ちスイングアーム+モノショック - ブレーキ
- F=φ320mmダブル R=φ220mm
- タイヤサイズ
- F=120/70ZR17 R=180/55ZR17
- 全長/全幅
- 2,015/760mm
- 軸間距離
- 1,380mm
- シート高
- 830mm
- 燃料タンク容量
- 16.5L
- 価格
- 286万円