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このバイクに注目
Britten
V1000
1995 Racing Machine

25年前、ひとりのエンスーが短期間でメーカーを凌ぐ未来マシンを開発していた

最新MotoGPマシンにも似たフォルム。当時は未来すぎて違和感を覚えた人も多かった

何か趣味をやっていないと息が詰まる……カスタムバイク創りに手を染めたのが彼の運命を大きく変えたのだった

彼の名はジョン・ブリッテン。モーターサイクルメーカーに従事したこともなく、レース界に身を置いていたワケでもない。ニュージーランドのクライストチャーチにある自宅に、厩舎の一部を改造したジョンの趣味のためのワークショップがあった。毎夜遅い時間まで灯をつけて作業をしていたので、家路で近所を通るバイク好きが何事だろうと顔を出すようになり、次第に仲間が増えていったという。

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彼は自ら設計したオリジナルに着手、当然ながらその60°Vツインのエンジンはクランクケースの鋳物から全て手造りと、業界の常識からすれば途方もないというか無謀扱いされても不思議はない。
車体や足周りにホイールのカーボンコンポジットも、欠かせない専用の電気窯を自宅に据え付けるという発想も常人離れしている。

気筒辺り4バルブのDOHC、98.9mmの巨大なボアと65.0mmのストロークで998.7ccから166hp/11800rpmは当時最強のパワートレーン。さすがに初めてならではのトラブルも経験したものの、その後は耐久性さえ立証する堅実さで人々を驚かせていた。
そのパフォーマンスは1994年に302.705km/hの最高速度をはじめ1,000cc以下で4つの世界記録を樹立。ブリッテンの名はニュージーランド中で知れ渡ることとなり、その後デイトナのBOTT、マン島TTと圧倒的な活躍で世界にその名を馳せたのだった。

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気筒辺り4バルブのDOHC、98.9mmの巨大なボアと65.0mmのストロークで998.7ccから166hp/11800rpmは当時最強のパワートレーン。

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サスペンションはフロントが4リンクのダブルウイッシュボーン。リヤもリンクを介してエンジンの前に位置して重心の集中化をはかる。

しかし1995年9月、まさにこれから市販レーサーや公道を走れるスペシャルに手を染めようとした矢先に、ジョン・ブリッテンは残念なことに進行の速い皮膚癌で45歳の若さで急逝してしまった。彼が元気だったら、どんなに革新的なモーターサイクルがこの世に生まれていたかと思うと惜しまれてならない。

RIDE HI 創刊号ではさらに詳しい記事を掲載しています。

協力/ ALAN CATHCART