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ヤマハSRや旧車についている「デコンプレバー」って何ですか?【ライドナレッジ022】

人力(キックスタート)でエンジンをかけるのは、それなりに大変……

スポーツバイクのレバーと言えば、右にフロントブレーキ、左にクラッチの2本のレバーが一般的。ところが昨年ファイナルモデルとなったヤマハのSR400や、イギリスやイタリアの旧車のハンドルには、それ以外に「デコンプレバー」と呼ばれる短いレバーが付いている。車両オーナーならご存じだろうが、このレバー、いったい何をするモノなのか? 答えは「エンジンを始動するのに必要な装備」……なのだが、そう言われてもよくわからないので順を追って解説していこう。

少しさかのぼって、現在主流の4ストロークエンジンが動く仕組みから少々おさらいをする。

まずインジェクションのスロットル(以前はキャブレター)で、ガソリンと空気を混ぜた混合気が作られる。
①エンジンのピストンが下がり、かつ吸気バルブが開くことで混合気をシリンダー内に吸い込む(吸気行程)。
②吸気・排気バルブともに閉じた状態でピストンが上昇し、混合気を圧縮(圧縮行程)。
③点火プラグから火花が飛び、圧縮された混合気が燃焼・爆発(爆発行程)。
④爆発力でピストンが押し下げられクランクシャフトを回して動力を発生。同時に排気バルブが開いて燃焼後の混合気(排気ガス)を排出(排気行程)。
この4つの行程を繰り返すことでエンジンは回り続ける。

そしてエンジンを始動するには、電気モーター(セルフスターター)もしくは人力(キックスタ-ター)によってクランクシャフトを回すことで、前述した行程をスタートすれば良いわけだ。とはいえ②の圧縮行程は、吸い込んだ混合気を10分の1くらいまで押し縮める必要があるので大きな力が必要となる。小排気量ならともかく、中排気量以上や高圧縮のスポーツエンジンだと、人力(キックスターター)で勢いよく踏み下ろすのは至難の業。すでに混合気を吸い込んでいたり、ピストンの位置によっては、キックアームに全体重を載せてもびくともしないことも珍しくない。

また、電気モーター(セルフスターター)ならエンジンがかかるまでギュルギュルとクランクシャフトを回し続けられるが、キックスターターを1回踏み下ろしてもクランクシャフトは1回転+αしか回らない。ところが4ストロークエンジンはクランクシャフト2回転で1回爆発する仕組みだから、エンジンがかかりやすいタイミングの良い場所から踏み下ろす必要がある。そのタイミングの良い場所とは、勢い良くクランクシャフトを回す必要も合わせて考えると、ピストンが②の圧縮行程を過ぎた位置が最適だ。とはいえ前述の通り高圧縮で簡単には動かないキックアームを、ジワジワ踏みながら圧縮行程を過ぎるまで作動させるのは困難だ。

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YAMAHA SR400

大排気量の4ストローク本格オフローダーXT500をベースに、トラッドなデザインを纏ったロードスポーツが、SR400/500として1978年に登場。超ロングセラーモデルとして君臨したが、厳しさを増す騒音規制や排出ガス規制の波には抗えず、惜しまれながらも2021年にファイナルモデルをリリースし、43年の歴史の幕を閉じた

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エンジン始動はキックスタートのみで、一連の所作は趣味的でマニアに好評。「玄人はデコンプを使わずに始動できる」という説もあるが、脚力や労力だけでなくキックアームや関連メカニズムにも大きな負荷がかかるので、キチンとデコンプ機構を使ってエンジン始動するのがオススメ。「タイミングの良いピストン位置」が正確に解るキックインジケーターを装備しているので、手順に沿って操作すれば(慣れは必要だが)簡単に始動することができる。とくに2009年からのFI(電子制御フューエルインジェクション)のモデルは、すこぶる始動性が良い

圧縮を抜けばラクにキックを踏み込める!

そんな状況をクリアするのがデコンプレバーだ。デコンプとは「デ・コンプレッション」の略で「圧縮を抜く、無くす」といった意味。キックスタート時に圧縮行程でシリンダー内の圧力が高まった際に、デコンプレバーを引くと排気バルブを少し開いて圧縮圧力を逃す機構だ。そのためキックアームを軽く踏み込んで、エンジン始動に適した「圧縮行程を過ぎた位置」を出すことが可能になる。そしてレバーを放し、キックアームを最上段から勢いよく最後まで踏み抜けば、簡単にエンジンが始動できるのだ。

ただこの最後まで踏み抜くという操作が重要で、キックアームが一番下まで回転するとエンジンを回転させるギヤ位置を過ぎるため、エンジンが始動できずに上死点から逆回転して「ケッチン」と呼ばれる反発作動で足を痛めるリスクを回避できるのだ。この「ケッチン」で暫く歩けなくなるまで重傷化する危険性もあるので、最後まで踏み抜くのを絶対に忘れてはならない。

ちなみにヤマハのSR400/500はデコンプレバーをライダー自身が操作するが、1985年に登場したシングルスポーツのSRX400/600には、キックアームとデコンプ機構をワイヤーで繋いで連動させたオートデコンプを装備した。またメーカーを問わず、80~90年の4ストローク単気筒のオフロード車には、同様のオートデコンプ機構を装備したモデルが多い。

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1985 YAMAHA SRX400/600

オフロードモデルのXT600の空冷単気筒ベースのエンジンを、角断面のダブルクレードルフレームに搭載したモダンシングルスポーツ。キックアーム連動のオートデコンプ機構を装備し、より容易になエンジン始動が可能になった

セルフスターターでもデコンプが付いてる方が良い!?

とはいえ現在は、エンジン始動がキックスターターのみの市販スポーツ車(公道モデル)は皆無に等しく、モトクロスやエンデューロの競技用バイクでもごく一部だ。また原付クラスのスクーター系も、セルフ/キック併用式が主流。というコトはデコンプ機構はもはやキック始動バイクならではの「過去のメカニズム」と思われそうだが、そんなコトはない。

始動方式が電気モーター(セルフスターター)であっても、排気量が大きかったり圧縮の高いエンジンを始動するには、当然ながら大きな力が必要になる。これは人間の脚力とは異なり、大きな力のある電気モーターを装備すればクリアできる……とも言えるが、大出力のモーターは重くて大きい。そして、そのモーターを回すには大容量のバッテリーが必要になるが、やはり重くて大きい。そしてこの「重さと大きさ」は、エンジンを始動する時の他は必要がないから、スポーツ車にとってデメリットでしかない。

というワケで、ドゥカティのパニガーレ(1199等の2気筒モデル)やKTM、BMWのRシリーズなど、近年のハイパフォーマンスな単気筒や2気筒スポーツ車には、軽量コンパクトな電気モーターとバッテリーでもクランクシャフトを回せるように、デコンプ機構を装備する車両が少なくない。構造的には昔のようにレバーやワイヤーで排気バルブを押し開くのではなく、カムシャフトにエンジン停止時(またはアイドリング回転以下)のみ排気バルブを開放する、遠心力を用いた機構を内蔵するタイプが多いが、エンジン始動前に高い圧縮圧力を抜いてクランクを回りやすくする、という目的は変わらない。

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2012 DUCATI 1199 Panigale

進化・熟成を重ねたL型2気筒から完全刷新したV型2気筒のSuperquadroエンジンを搭載。112×60.8mmの巨大なボア×ストロークで高圧縮なエンジンを、大容量なスターターモーターとバッテリーを要せずに始動するため、排気側カムシャフトの末端に設けた遠心フライトウエイトによるデコンプ機構を装備