バイクのコンセプトに合わせたステーキの名前
カワサキは1960年代に大きなバイクブームを迎えた世界最大の市場であるアメリカを攻略するため、新型車を開発する際の「社内コード」の他に作戦名を設けた。 後に車両のニックネームにもなるが、当時のカワサキは新開発のロードスポーツモデルを「STEAK(ステーキ)」と呼んでいた。
なかでも有名なのが900 Super4ことZ1の「ニューヨークステーキ」だが、他にもバイクのコンセプトに合わせた様々なステーキが存在したのだ。
「NEW YORK STEAK/ニューヨークステーキ」
1972 900 Super4
もはや説明の必要が無いほどのカワサキのレジェンド、通称「Z1」。1960年代に社内コード「N600」で4気筒750ccとして1969年発売を目標に開発が進められたが、1968年東京モーターショーでホンダがCB750FOURを発表(翌1979年に発売)したことで方針変更。社内コードをT103に変更し、主たるバイク市場のアメリカで売るため、STEAK(ステーキ)のコードネームが付いた。販売時期が近くなり、アメリカでセールスミーティングが行われた際に、ニューヨーク市担当のセールスマンが「それじゃあNEW YORK STEAK(ニューヨークステーキ)にしよう」と呼んだことから、このニックネームが付いた。当時アメリカのレストランでは、特大ステーキを“NEW YORK STEAK”の名でメニューに載せていたという
「HALIBUT STEAK/ヒラメステーキ」
1973 400-RS
“打倒CB750FOUR”でZ1の開発が進められていたが、同時期にアメリカではホンダのCB350も好調に売れていたため、その対抗馬として気軽に乗れるモデルとして開発。ガッツリ食べるNEW YORK STEAKではなく、軽く食べられる魚のステーキという意味で“ヒラメステーキ”のコードネームで呼ばれた。当時はオイルショックもあり、アメリカではエコなバイクとしてヒット。ちなみにHALIBUTはカレイ目カレイ科オヒョウ属の海水魚であるオヒョウを指すが、アメリカではヒラメ科ヒラメ属のカリフォルニアハリバットなど、オヒョウ属ではない魚も含まれる
「SIRLOIN STEAK/サーロインステーキ」
1976 Z650
雄々しい大排気量のZ1と、気軽に乗れる400-RSの間を埋め、かつ“750より速く”というコンセプトで開発。カワサキは1970年代初頭、一連のスポーツバイクを風を切る擬音のZAP(ザップ)から“ZAPPER(ザッパー)”という愛称を作り開発のテーマに掲げていたが、Z650の軽快でパワフルな走りから、いつしか「Z650=ザッパー」と呼ばれるようになった。装備も充実していたことから、赤身に適度にサシ(脂)が入った高級ステーキの「サーロインステーキ」のニックネームをつけたと思われる
「T-BORN STEAK/Tボーンステーキ」
1976 Z750TWIN
すでに大排気量4気筒のZ1が人気を集めていたが、トライアンフなど2気筒の英国車に対抗するために開発。当時カワサキが、いかにアメリカ市場を重視し、全方位で攻勢を仕掛けたかが伺える。360度クランクの振動を抑える二軸バランサーを装備するために、逆回転クランクを採用した凝ったエンジンを搭載する。Tボーンステーキは骨付き肉のステーキで、サーロインとヒレの二つの部位の肉を同時に味わえる。二気筒であり骨太な乗り味を目指したことから、このニックネームをつけたのだろうか?
幻のカワサキその1 2ストローク・スクエア4気筒・ロードスポーツ
カワサキは1969年の2ストローク3気筒500ccのマッハⅢで世界最速を目指し(同年発売のホンダCB750FOURが立ちはだかったが……)、1971年の2ストローク3気筒750ccのマッハⅣで最高速度203km/h(公称)を記録。そこでZ1の開発と並行して、2ストロークの水冷スクエア4気筒750ccの開発も進めた。セルモーターを装備するなど、空冷のマッハとは一線を画した豪華な作りの高性能スポーツバイクになるはずだったが、1970年代初頭のアメリカの排ガス規制をクリアできず、またオイルショックの影響もあり、1973年8月に開発中止となった。
「TARUTARU STEAK/タルタルステーキ」
SQUARE-FOUR 750
TARUTARU STEAK(タルタルステーキ)とは、粗くみじん切りにした牛肉をオリーブオイルや食塩、コショウなどで味付けし、玉ねぎやニンニクなどをみじん切りにした薬味と卵黄を添えた料理で、焼かずに生肉のまま混ぜて食べる。韓国料理のユッケの元になったとも言われる。好き嫌いがはっきり分かれる料理であり、個性の強い2ストロークスポーツだけに、こう命名したのかもしれない
幻のカワサキその2 4ストローク・ビッグシングル・オフロード
1960年代のアメリカでは、近隣の森や山を走って遊ぶのに、英国のBSAビクターが売れていた。そこでアメリカ市場開拓のために、カワサキは多気筒大排気量のロードスポーツだけでなく、4ストローク・ビッグシングルのオフロードモデルも開発していた。市場規模や現地の要望もあり、結果としてSTEAK=Z1が押し進められ、LOBSTER=ビッグシングルのオフロードバイクは試作車の段階で開発が打ち切られた。実車の詳細は不明だが、開発時の諸元では4ストロークSOHCの単気筒で400cc、最高出力30psで、アメリカでの発売は1971年9月1日となっていた。もし、このバイクが発売されていたら、ヤマハのXT500よりはるかに早く、カワサキがビッグオフロード市場を手中に収めていたかもしれない。
LOBSTER/ロブスター
ロブスターは大型の伊勢海老で、海産物の中で最高のご馳走とされ、アメリカ人はご馳走を選ぶ際に「ステーキか? それともロブスターか?」と考えるのだという。それを1960年代後半のアメリカ市場攻略時の「多気筒の大型車にしようか、単気筒のオフロード車か?」に当てはめ、単気筒オフロードの開発コードネームを「ロブスター」とした
1976 YAMAHA XT500
英国製の旧来のオフロードバイクに代わり、大型オフローダーの先駆けとなり、アメリカだけでなく欧州でも人気を博し、後のSR500/400のベースにもなった。じつはカワサキのLOBSTERの方が、5年も早く販売を計画されていたのだが……